異世界。銀髪の兄妹

 幸介がこの世界に来てから三週間程が過ぎた。


 今日も雪乃が学校に行くのを美優と一緒に見送り、その後はしばらくソファでべったりとくっ付いて過ごしていた。


「今日はこれからどうします?」

「そうだな。裏の森へ行ってみるのはどうだ?」

「いいですね」


 家の裏の方向には近くに森がある。しかしまだ入ったことはない。


 先日雪乃に訊くと、特に獣などが出ることはなく、安全な森だと言っていた。


「よし。じゃあ行くか」

「はい」


 立ち上がり、いつも通り右腕にしがみついた美優の歩幅に合わせ、玄関から外へ出る。そしてゆっくりと歩いて森へ向かった。


 しばらく歩くと、すぐに森に着いた。


 初日に歩いた公園のような整備されたものではなく、天然の木々が生い茂っている本物の森だ。


「木の匂いがします」

「そうだな。ちょっとだけ奥の方へ行ってみるか?」

「そうですね」


 木々の中へと続く道も、舗装などはされていない小道だ。ところどころ石が埋まっており、若干歩きづらい。


「転ばないように足下に気をつけろ」

「はい」


 美優が石につまずかないように、さらにゆっくりと歩く。


「これは鳥の声ですよね」

「ああ」


 鳥の声を聴きながらしばらく緑の中を歩いて行くと、木々が途切れている場所へ出た。


 そこには、綺麗な湖があった。


「美優、湖があるぞ」

「湖……ですか? 小さな海みたいなものですよね?」

「そうそう。海水ではないけどな」


 美優を連れて湖のそばまで歩き、しゃがみこむ。


「ほれ。手を伸ばしてみろ」


 美優が落ちないように彼女の体を抱えながら言うと、美優は恐る恐る手を伸ばす。


「わっ。冷たいです」

「落ちるなよ」

「はい。足を入れてみてもいいですか?」

「ああ。それくらいなら大丈夫だろ」


 美優の腕をしっかりと掴み、並んで座ると、二人で靴を脱いで湖に足を入れた。


「お兄ちゃん、気持ち良いです」

「そうか。よし、湖の伝説の話をしてやろう」

「伝説があるんですか?」

「ああ。とんでもない都市伝説がな!」


 また頭に思い浮かんだ物語を適当に話す。


「昔むかしあるところに、木こりのおっさんがいました。ある日、手が滑って斧を湖に落としてしまいました。すると、中から美人な女神様が現れました」

「湖には女神様が居るんですか……!?」


 美優が驚いた。

 幸介は続ける。


「その女神様は性格が悪く、人間を試して意地悪をする、とてもひねくれた女でした」

「毎度のことながら、やっぱり性格の悪い女だったんですね……」

「女神様は金の斧と銀の斧を——」


 そんなふうに話している途中のことだった。離れたところから、小さく声が聞こえてきた。


「お兄ちゃん、何か話し声が聞こえませんか?」

「ああ」


 辺りを見回して警戒する。


 湖に向かって右側の木々の中から、二つの人影が出て来るのが見えた。


 目を凝らして見ると、銀髪の少年と少女が手を繋ぎ、とぼとぼと俯いたまま歩いている。こちらには気付いていないようだ。


「誰か居るんですか?」

「子供が二人いる。ちょっと行ってみよう」

「はい」


 美優の手を引いて立ち上がらせると、彼女はいつも通り腕にしがみついた。


 二人で湖を迂回して歩き、少年たちに近付いた。


「おーい!」


 幸介が手を振る。


「……!」


 声に気付いて顔を上げた銀髪碧眼の少年は、警戒したように身構える。しかし相手が子供だと分かると、ほっとしたような表情になった。


 幸介たちはそのまま二人に近付く。


 よく見ると、少女の手を引く少年は若干涙目になっている。


「よっ。お前らどうしたんだ?」

「……何だよお前ら?」


 少年はまだ少し警戒しているのか、僅かに威嚇してきた。少女の方は表情を変えず、澄ました目でこちらを見ている。


 二人とも銀髪碧眼で、年齢は幸介たちと同じくらい。多分、兄妹なのだろう。


「どうしたんですか?」

「何か子供が泣いてるんだよ」

「なっ、泣いてねーし! つーかお前らだって子供だろうが!」


 尋ねてきた美優に幸介が答えると、少年はムキになって否定した。隣の少女の表情は相変わらずだ。


「うるせーな。いきなりでかい声を出すなよ。この子がビビるじゃん」


 美優の肩を抱き寄せながら言うと、彼女の頬が赤く染まった。


「……街に住んでるやつか?」


 少年が尋ねてきた。


「まあ、そうかな。お前らはどこから来たの?」

「それが分かれば苦労しねーんだよ」

「何だ、迷子かよ」


 幸介が呆れながらそう言った直後、「ぐう」と少女のお腹が鳴った。


「……」


 少女の表情は変わらないが、頬が少し赤く染まっている。


「腹が減ってんのか?」

「……うん」

「うちに来て何か食うか?」

「……!」


 幸介が尋ねると、少女はこくこくと頷いた。


「この子はこう言ってるけど、どうする?」


 少年の方を見て尋ねる。


「……いいのか?」

「ああ。いいよな、美優? 多分悪い奴らじゃないと思うし」

「はい。何かお二人はお腹が減っているようなので、いいと思います」


 雪乃は学校へ行っているので許可は取れないが、子供がお腹を空かしていれば彼女も了承するだろう。


「じゃあ付いて来いよ。うちはすぐ近くだから」

「うん」

「わかったよ」

「よし行くぞ」


 銀髪の少年と少女が了承したので、幸介はまた右腕にしがみついてきた美優の歩幅に合わせて歩き出した。


 すぐに少年と少女も幸介の左側に並んだ。


「……その子、目が見えないのか?」

「ああ」


 少年が美優の方を見ながら尋ねてきたので、幸介はそう答えた。


 少年は「そうか」と、哀れむような表情になった。


「だから、いつもくっついてきて可愛いんだよ」

「本当ですか…….?」

「ああ。俺が離れたくないくらいにな」

「そう、ですか……じゃあ、これからもお願いします」


 絡めていた右腕を一旦外して美優の頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに頬を赤く染めた。


「仲が良いんだな」


 銀髪の少年はそう言って微笑む。


「まあな。俺は幸介。で、こいつは妹の美優。お前らは?」

「私はカレン。この人は私の兄でヘンゼル」


 少女が答えた。


「ヘンゼルとカレンだな。で、二人で迷子になって兄の方が不安になって泣いてたのか」

「なっ、泣いてねーっつうんだよ!」

「泣いてたじゃん。な、美優」

「そうですね。泣いてました」

「その子は見えてねえんだろうが!」

「うわっ。うるせーっつの」


 ヘンゼルの声が大きいので、思わず左耳を塞いだ。


 ヘンゼルが黙ると、またカレンが静かに口を開いた。


「私たちは、両親に森の中に置き去りにされたの」

「え、まじ?」

「まじ。眠っている間に連れて来られたから、目印を置いたりすることも出来ず、帰れなくなった」


 カレンは淡々と説明してくれた。彼女は表情が変わらないので感情を読み取りづらい。



 彼らの家は森のどこかのはずれにあり、そこで両親と子供二人の四人で暮らしていた。


 昨日も普通に過ごして夜になると眠ったのだが、朝、気が付くと森の中で二人きりだったらしい。


「そうだよ……俺たちは多分、捨てられたんだ」


 ヘンゼルは明らかに悲しげな表情でそう言った。妹のカレンに対し、兄のヘンゼルのほうは感情豊かだ。


「で、目を覚ましてから帰ろうと歩き続けていたけど、結局帰れなくてここに出た。だから兄さんは泣いてたの」

「なっ、カレン!?」


 ヘンゼルが狼狽える。


「……」

「何だよその目は?」

「……」

「おい!」


 幸介が無言で見ていると、ヘンゼルは何やら必死に抗議してきた。どうやら気に障ったらしい。


「まあまあ。最悪公園に家でも作るなら手伝ってやるから」

「は?」

「家を作る? 公園に?」


 カレンが怪訝そうな表情で幸介に視線を向けた。


「ああ。ホームレスはダンボールで公園に家を作るんだ」

「何だよそれ」


 ヘンゼルも顔を顰める。


「でもお兄ちゃん、この国にはダンボールというものはないですよ」

「そうだった。じゃあどうするかな」

「いや、まだ俺らはホームレスじゃないつもりなんだけど?」


 幸介が歩きながら「うーん」と考えこんでいると、ヘンゼルは呆れたようにそう言った。

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