異世界。物語
幸介が雪乃、美優と三人で暮らし始めてから一週間程が過ぎていた。
「じゃあ行ってくるわ。幸介、美優のこと頼むわね」
「分かったよ。行ってらっしゃい。母さん」
「お母さん、行ってらっしゃい」
「はーい」
幸介と美優が見送ると、雪乃は安心したようににっこりと笑顔でそう言って仕事に向かって行った。
「美優、後でまた散歩に行くか?」
「はい。行きたいです」
右腕にしがみついていた美優に尋ねると、美優は笑顔でそう答えた。
しばらく居間でゆっくりしてから散歩に行くことにした。
並んでソファに座ると美優が抱きついてきたので、倒れ込みながら自分の胸に乗った彼女の頭を撫でてやる。
「お兄ちゃん、また何かお話聞かせてください」
「オッケー。今日は何がいいかな」
「何でもいいですよ」
先日、何となく頭に浮かんだ物語を適当に話してやると、美優はとても喜んだ。
「よし。昔むかしあるところに、お爺さんが山へ芝刈りに、お婆さんが川へ洗濯に——」
「それはこの前聞きましたよ」
「——は行かず、今日のところは一緒に山へ竹を取りに行きました。竹やぶの中には一つ光っている竹があり、それを切ると、中には可愛い女の子がいました」
「まさか、そんなことが?」
美優は驚愕した。幸介が物語を話していると、彼女はところどころ相槌を入れてくる。
「女の子は成長すると、めちゃくちゃ美人だけどとんでもなくわがままな女に育ちました」
「育て方を間違えたんですかね?」
頭に浮かんだ物語があやふやなので、適当に話す。
「見た目に騙された男たちが次々に結婚を申し込んできましたが、女の子はわがままなので、全員に無理難題な条件をふっかけました」
「普通そこで何かに気付きますよね」
続きがわからないので、また適当に考える。
「どこかの王子には『竜の右目』を、どこかの貴族の男にはどんな扉でも開く『鍵』を、どこかの冒険者には『炎の指輪と水の指輪』を持ってこいと言いました」
「むちゃくちゃな女になりましたね。竜の右目なんてどうやって取って来るんですか」
どうやら美優は竜という怪物を知っているらしい。雪乃に本を読んでもらうことも今までにあったらしく、物語に出てくる生き物のことはその都度雪乃に説明してもらったそうだ。
「『竜の右目』と『鍵』はボスが強過ぎて入手失敗。男たちは帰らぬ人となりましたが、『炎の指輪と水の指輪』のボスは弱かったので、冒険者は無事に手に入れて戻ってきました」
「とんでもないことになりましたね……」
美優の顔が青ざめている。
「冒険者と女の子は、二つの指輪を結婚指輪としてめでたく結婚し、幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
「わあ。良かったです」
何とかハッピーエンドになったので、美優はぱあっと明るい表情になった。
それを見て幸介も嬉しく思う。
美優は幸介が適当に話す物語をいつもとても楽しそうに聞く。
先日、夜寝る前にも一度別の物語を話してやったが、そのときも美優はとても楽しそうに聞いていた。
しかし二人のそばで聞いていた雪乃は、始めの方は美優に語る幸介の姿を微笑ましく眺めていたのだが、途中から顔を顰め、最後の方は唖然となっていた。頭を抑え、「めちゃくちゃな記憶喪失ね……」と呟いていた。
幸介は頭に浮かぶ物語以外にも、美優に本を読んで聞かせることもあった。
家には多くの本があったし、学校にも施設の一つに図書館があったので、雪乃が何冊かずつ本を借りてきてくれた。
「何か本を読もう」
「今日はお兄ちゃん作の物語がいいです」
「マジか……」
本を読んでやることも多かったが、何故か美優は幸介が適当に話す物語の方を喜んだ。
雪乃が仕事で学校に行っている間は、幸介は美優とほとんどの時間を一緒に過ごした。家でも外へ出るときでも、ずっと美優と一緒だった。
風呂に入るときも美優は幸介と一緒に入りたがったので、一緒に入った。雪乃と三人で入ることもあったが、そうでないときは二人で入った。
「ほら、両手を上げろ。服を脱がしてやる」
「……服は自分で脱げますが……是非脱がしてください」
美優が頬を赤く染めながら両手を上げるので、そのまま服を脱がした。
「よし、掴まれ」
「はい」
「ゆっくりでいいから。転ぶなよ」
彼女が転ばないように丁寧にサポートをした。
最初のうちは若干戸惑ったが、すぐに慣れた。
たまに美優の頭を洗ってやると、彼女はとても嬉しそうにした。ときには、お互い背中を流し合った。
寝るときにも美優がくっ付いてくるので、隣で一緒に眠った。
※※※
この世界に来てから数日が過ぎた頃には、幸介は剣の訓練を始めていた。
魔術を学ぶことが出来ないと分かったし、別の道で強くなろうと思った。
いくらこの国が平和な国だと言っても何が起こるか分からない。いざというときに美優や雪乃を守らなければならない。
竹刀は学校に置いてあるものを雪乃が一本貰ってきてくれた。どうやら学校でも一応剣の授業があるらしい。
毎日庭に出て、ひたすら竹刀を振った。
剣を振っていると、何故かしっくりきた。多分、以前から剣の訓練をしていたのだと思う。体の動きや剣の振り方が何となくわかった。
毎日何時間も竹刀を振り続けた。
幸介が剣の訓練をしている間も、美優は近くに座り、竹刀を振る音を楽しそうに聴いていた。
「家の中でゆっくりしててもいいんだぞ」
「一人で居てもつまらないですし、音を聴いたりたまに声をかけてくれるだけで楽しいので」
美優はそう答え、幸介が訓練を終えるまで近くに座っていた。
午前中は美優と外を散歩したり、家でべったりとくっついてお喋りをしたり、本を読んだりして過ごし、午後は主に剣の練習に当てるという日々が続いた。
剣の訓練を終えてまだ時間があるときには、また本を読み漁った。この世界のことを少しでも知ろうと思ったし、色々な知識を付けようと思った。
「ふむ。無属性の魔術や召喚魔術もあるのか」
「へー。そうなんですね」
くっ付いてくる美優を抱きかかえながら、美優にもわかるように声に出して本を読んだ。
本は家にあるものや雪乃が借りてくるものを片っ端から読んだので、この世界のことが段々と分かってきた。
しばらくすると、数学の勉強もするようになった。
家には数学の教科書が何冊もあった。どうやら雪乃が執筆したものらしい。
簡単な算数から複雑な数学まで一通り揃っていたので、簡単なものから手に取り、それを読みふけった。
簡単な算数は何となく身に覚えがあり、最初から出来た。
どんどん難しいものを読んでいき、分からないところがあれば帰ってきた雪乃に尋ねた。
雪乃は丁寧に教えてくれたので、すぐに理解出来た。
幸介が教科書を読んでいると、美優が「私にも教えてください」と言うので、美優にも頭の中で計算などが出来るようにゆっくりと声に出して教科書を読んだ。
ときには指などを使い、簡単な算数から教えてやった。
「三角形の角度は……」
「ふむふむ」
美優は頭が良く、頭の中だけの計算も自然と吸収していった。
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