異世界。異能の力

 すでに日は落ちており、三人は雪乃の家に帰って来ていた。


 雪乃は今となってはランパール王国の重要人物なので、生活するには十分な給料を貰っている。一人居候が増えるくらい何でもない。


 雪乃と美優が住む家は二人暮らしにしては広めの家で、余っている個室もあり、幸介のための部屋も確保出来る。


「幸介君、いっぱい食べてね」

「ありがとうございます。頂きます」


 雪乃がテーブルに料理を並べてそう言うと、幸介はお礼を言って食べ始めた。


 美優も彼の隣に座り、笑顔で料理を食べている。


「美味いです」

「そう。それは良かったわ」


 雪乃は幸介に微笑みながら、二人の向かい側の席に座った。


「言った通りでしょ? お母さんの料理は美味しいって」

「ああ。本当だな」


 にっこりと笑顔を向けて言う美優に、幸介は微笑み返す。


 美優は先程から驚くほど顔がほころんでいる。彼が居るのが嬉しいのだろう。それに今日一日、彼が美優と一緒に居てくれたおかげでもあると思う。


「幸介君が来てくれてよかったわ。美優も嬉しそうだし」

「そう、ですか?」

「ええ。美優の顔を見てわからない?」

「まあ、嬉しいとは言ってましたけど」


 幸介が美優の方を見ながら言う。


 美優は俯いて頬を赤らめている。彼女の本当に嬉しそうな顔を見ることが出来て、雪乃も嬉しく思う。


「お城のほうが良かったとか思う?」

「いえ。ユキノさんの料理は美味いですし、俺もミユと一緒に居たいと思うので」

「ほ、本当ですか……?」

「ああ」


 嬉しそうに訊き返す美優に、幸介がまた微笑んだ。


「そう言ってくれると嬉しいわ」


 彼は優しい少年だと思う。


 リアの提案を受けいれて城へ行けば、衣食住全てにおいてここよりも豪華に違いない。彼はそんな生活を蹴って美優と居ることを選んでくれた。


 美優と一緒に居たいというのも本心なのかもしれないが、彼の美優に対する接し方を見ても優しさが伝わってくる。


「でも幸介君、今までのこと本当に何も覚えてないの?」

「まあ、ほとんど。物の使い方とか常識っぽいことなら多分わかるんですけど」

「ふーん」


 彼が嘘を言っているようには見えない。確かにそういった記憶喪失も存在するというのは聞いたことがある。


「あとは、多分最近まで、もっと不味いご飯を食べていたような気がします」

「そ、そう」


 最近まで幸介のご飯を作っていた人物が料理が下手だったのだろうか。彼がどんな生活をしていたのか気になった。


「ねえ。ちょっと読んでみてもいい?」

「え? 読む?」

「ええ」

「どういう意味ですか?」


 雪乃の言ったことが分からないというように、幸介はきょとんとしている。


「お兄ちゃん、お母さんは人の記憶を読むことができるんですよ」

「え? マジ?」

「ええ、少しだけどね。でも他の人には内緒よ」


 雪乃は触れた相手の記憶を読み取ることが出来る。ただし狙ったものを都合良く読めるわけではなく、どんな記憶を覗いてしまうかはわからない。


 能力は制御出来るので、普段は使わないようにしているし、美優以外の他人には秘密にしている。


 今は雪乃が言い出したことなので、美優も言ってもいいと思ったのだろう。


 学校では、ときどき悩んでいる生徒がいればこっそりと能力で記憶を読むことがある。そして悩みの原因がわかれば何食わぬ顔で対処することもあった。


 そのことによって、雪乃は学校の生徒たちからも信頼されるようになった。


 もちろん国唯一の高等数学の教師なので普通に尊敬されているというのもあるが、人柄に対して信頼を得ることが出来たのは、彼らの悩みなどを的確に対処したことが大きいと思う。


「それって魔術ってやつですか? でも黒髪の人は魔術は使えないんですよね?」

「いえ。魔術ではないと思うけど……異能の力かしらね」

「マジっすか? 何でそんな力が?」


 幸介が驚くのも当然だろう。


 彼はどうやら魔術を身につけたかったらしいが、黒髪である彼には魔術が使えないと聞いて諦めていたようだ。そんな矢先、同じ黒髪の雪乃にはそんな異能の力があると知ったのだ。


「さあ。何故かしらね」


 幸介にそう答えながらも、雪乃には思い当たることがあった。


 それは、『魔女の血』を飲んだから。


 魔女は魔力が圧倒的に高く、様々な魔術を使いこなす魔術師らしい。多分この国のどこかにいると思うが、現在どこにいるのかはわからない。


 雪乃はこの世界に来たばかりの頃に、訳あって少量だが『魔女の血』を飲んだことがある。自分がこのような能力を持った理由はそれ以外考えられない。


 ただ、自分の力は多分魔術ではないと思う。


 学校の生徒たちに接しているので分かるが、魔術は火、水、土、雷、風などの属性に分類され、主に戦闘に使用される。


 リアの回復魔術も水属性に含まれ、回復魔術を使える生徒や魔術師を何人かは知っている。


 しかし、自分のような「記憶を読む」といった能力を持つ魔術師は聞いたことがない。


「でも、俺もそんな超能力を使えるようになる可能性があるってことですよね?」

「まあ、可能性はあるわね」

「そうですか」


 雪乃が答えると、幸介は少し嬉しそうな表情になった。男の子なので超能力というものに憧れでもあるのかもしれない。


 しかし雪乃が異能力を使えるようになった理由が『魔女の血』を飲んだからだとは気軽には言えない。


 それが事実であるかどうかに関わらず、そんな話が広まれば、悪人がそれを利用しようとするかもしれない。そうすると、魔女の命が狙われる可能性がある。


「というわけで、ちょっとやってみてもいい? 記憶喪失の子の記憶を読むのなんて初めてだけど」

「あ、はい。いいですよ」


 幸介の了承を得たので、雪乃は立ち上がって彼に近付く。


 美優も彼のことが気になっているのか、黙って成り行きを窺っている。


 雪乃は幸介の頭にそっと右手を置き、目を閉じて意識を集中し始めた。



※※※



 雪乃の頭の中に映ったのは、あまりにも壮絶な光景だった。彼の記憶を覗いてしまったことを後悔するほどに。


 おびただしい血の海の中に、彼が呆然と立ち尽くしている姿が見えた。そんな光景が一瞬だけ。それしか見えなかった。


 恐怖で体が硬直した。


 映像は一瞬だったので、何が起こったのかは分からなかった。しかし何かとんでもないことが彼の身に起こったに違いない。


 多分、彼はそのショックで記憶を失ったのではないだろうか。ショックが大きいために記憶を失うということも聞いたことがある。


「あの……」

「お母さん、どうだったんですか?」

「え……!?」


 黙って立ち尽くしたままの自分を、幸介も美優も不審に思ったのだろう。しかし、自分が見たことをそのまま伝えられるわけがない。


「え、えっと……何も見えなかったわ……」

「そう、ですか」


 美優は少しがっかりしたような表情になった。彼のことを少しでも知りたかったのだと思う。


「まあ記憶自体ないですしね」


 幸介の方は何も気にしていないというように、あっけらかんとしている。


「……ええ。本人が何も覚えていなければ、何も見えないのかもしれないわね」


 とりあえず適当に誤魔化しておくことにした。


「そうですか。まあいいですよ。そのうち思い出すかもしれないし」

「……そうね」


 彼の過去に何があったのか気になったが、彼は何も思い出さないほうがいいかもしれない。そう考えるには十分な光景だった。


 彼は何も覚えていないが、特に気にせず平然としている。


 いっそのこと、このまま過去のことは忘れてここで生活をして、現在からの思い出を作っていってくれればいいと思う。


 そして、出来ればこのままずっと美優と一緒に居て欲しいと思った。



※※※



 夕飯を食べた後は、三人で楽しくお喋りをして過ごした。


 幸介は美優からこの世界のことを聞いたらしく、大まかなことは知っていた。


 何となく彼は別の世界から来たことを気付いているのかもしれないと思った。


 お喋りをしている間も美優は幸介にべったりで、ほとんど離れることはなかった。


「幸介君、お風呂沸かしたけど、入るわよね?」

「あ、はい」


 彼は今日一日、美優と外を散歩したり川沿いの土手で眠ったりしたらしく、明らかに体や衣服が汚れている。


 ちなみにこの世界の風呂は、雪乃には仕組みなどはさっぱり分からないが、水系の魔術と火系の魔術を利用した道具で、お湯を使えるようになっている。


 シャワーのみの家庭が多いらしいが、雪乃は特別に浴槽のついた風呂場を作って貰っている。


「……」


 幸介が立ち上がろうとすると、美優は彼の腕にしがみついたまま何か言いたそうに顔を上げた。


「えっと、一緒に入るか?」

「は、はい」


 美優は頬を赤く染めながら頷く。


(え? 一緒に入るの?)


 少し驚いた。


 現在、幸介は十一歳。美優は十歳。普通恥ずかしがる年齢なのではないかと思う。


 しかし幸介は記憶がほとんどない少年だし、美優も目が見えていないので、同じような年頃の子供たちが持っているような恥じらいなどがあまりないのかもしれない。


「仕方ないわね。じゃあ私も入るから、三人で一緒に入ろっか」


 普段は雪乃が美優と一緒に風呂に入っており、美優が体や頭を洗って浴槽に浸かり、上がるまでの一連の行動をサポートしている。


 初日からその全てを幸介に任せるのは、やはり少し心配になった。


 美優は彼の腕から離れることはなく、そのまま二人を連れて風呂場へ移動した。


 三人とも衣服を脱いで裸になったが、やはり幸介は特に気にしていないようだ。


 風呂場はそれなりに広く、浴槽は三人が一緒に入れるくらいの大きさはあるので、特に問題はない。


 順番に体を洗い、一緒に浴槽に浸かった。


 今後も美優は幸介と一緒に風呂に入りたがる可能性があるので、一通り美優のサポートの仕方などを彼に見せていった。


 特に重要なのは、美優が滑ったり何かにつまずいたりして転ばないようにすることだ。体を洗うときにも彼女をゆっくりと風呂椅子に座らせ、浴槽に移動するときにも手をつないで足元にも注意してあげる。


 雪乃がゆっくりと美優のサポートをしていくと、幸介は面倒臭そうにする様子もなく真剣にそれを見ていた。


 風呂から上がり、美優に寝間着を着せるところまで教えた。


 幸介にも洗濯済みの寝間着を渡した。


 その後も、美優は幸介にべったりとくっついたままだった。


「一応訊くけど……幸介君はどこで寝よっか? 布団もあるし部屋もあるんだけど」

「いや、俺はどこでも。布団があるだけでありがたいですし」


 幸介からは謙虚な答えが返ってきた。


「あの……お兄ちゃんと一緒に寝たいです」

「やっぱりそうよね。全然いいけど」


 美優の希望は分かっていたので、訊くまでもなかった。


 雪乃は美優の希望はなるべく聞くことにしているので、当然それも了承した。


 普段美優は雪乃と同じ部屋で布団を並べて眠っている。その部屋に三つ布団を並べ、美優を真ん中にして寝ることにした。


 横になってからも、美優は嬉しそうに幸介の右腕にしがみついたままだった。


 彼がここへ来たことが、今後も彼と一緒に居られることが、本当に嬉しいのだと思う。


 そして、やはり今まで寂しかったのだろうと思った。


「あの……ずっとくっ付いてて、迷惑ではないですか?」


 美優が隣で横になっている幸介に尋ねた。


 美優は彼が家に来てからかなり舞い上がっていたようだが、ここに来てようやく気にしだしたらしい。


「いや、全然? むしろお前がもうちょっと大人になって、胸がでかくなれば嬉しいだけだな」

「……えっと……善処します」


 美優は頬を赤らめながらそう答えた。


 雪乃はそんな二人の会話を聞いて、本気で吹き出しそうになった。


(何それ!? そういうところ、あの男にそっくりじゃない!? っていうか美優も善処するって何って感じなんだけど!)


 幸介の言葉を聞き、雪乃は「彼」のことを思い出した。頭が良く、みんなに優しく、変な冗談を言う「彼」。


 真田昌彦。幸介の父親だ。


「幸介君」

「はい」

「私のこと、お母さんって呼んでくれてもいいわよ」

「え、マジっすか?」


 雪乃の言葉を聞いて幸介は驚いた。

 美優も「えっ?」と驚いている。


「ええ。それに、敬語も使わなくていいから」

「……えーっと……うん、分かったよ。母さん」


 彼が素直にそう呼んでくれて嬉しかった。


「お休み。幸介、美優」

「お母さん、お休みなさい」

「えっと、お休み。母さん」


 何故かもの凄く幸せに感じた。ずっとこんな時間が続けばいいと思った。


 先程彼の記憶を覗いたときには、雪乃はとてつもない恐怖を感じた。彼の身に何か危険な、よからぬことがあったのだと思う。


 しかし彼は今無事にここに生きている。それだけで十分だ。


 しばらくすると、二人の方から寝息が聞こえてきた。今日は二人とも歩きまわっていたので、疲れたのだと思う。


 美優はやはり幸介の腕にしがみついたまま眠っている。


 雪乃は美優の頭にそっと手を伸ばし、目を閉じた。


 映像は見えないが、二人の楽しそうな声が聞こえてきた。


『もうなるべく一人で外を歩くなよ。これからは俺が一緒に歩いてやるから』


 途中、そんな彼の優しい声が聞こえた。


(そりゃ、こうなるのも仕方ないわね……)


 嬉しくて、涙が出そうになった。

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