五年前、異世界。全然ぽくない
しばらく歩くと、洋風の大きな門の前に着いた。
門前には制服姿の守衛が二人立っており、そばに貼られた銘板には、『リヴァーレイク魔術学園』と書かれている。
塀に囲まれた広大な敷地には、大小違いがあるが建物が複数入っている。門から校舎の玄関までは石造りの道が延びており、道の両側には芝生が生い茂っている。芝生内には木製のベンチがいくつも並べられている。
リアが門の前に立っていた二人の守衛のうちの一人に頼み、ミユの母親を呼びに行ってもらった。
幸介は門の中に入り、近くにあった芝生内のベンチにミユを座らせた。
幸介もミユの隣に腰掛け、二人の前に立ったままのリアと話しながら、ミユの母親を待つことにした。
「は!? 記憶がない!?」
「ああ」
「……!」
自分に記憶がないことを伝えると、リアは目を丸くして驚いた。隣に座るミユも驚いているらしく、言葉を失っている。
「何で!?」
「知らねーよ。気付いたら何か噴水のところにいたんだ」
「じゃあミユは!? 知り合いじゃないの!?」
「……いえ、私もお兄ちゃんとはさっき知り合ったばかりです。人にぶつかって転んだところを助けてくれたんです……まさか記憶を失くしているなんて思いませんでした」
「そういうことだ」
「何であなたは平然としてるの!? 家に帰れないじゃない!?」
「あ、ほんとだ。俺の家ってどこだろ」
そういえば自分の家もわからない。名前は何とか思い出すことが出来たが、それ以外の情報を思い出せない。
「家族があなたのこと探してるんじゃない?」
「さあ。家族がいるのかもわからないしな」
「じゃあどうやって暮らしていくのよ!?」
「暮らす? この町で?」
「そりゃそうでしょ」
とぼけたことを訊き返してしまい、リアは呆れたような表情になった。確かに当面はこの町に滞在することになる。
「まあそうか。でもせっかくこの町で暮らすんだったら俺にも魔術っていうのを教えてくれ」
魔術などという便利そうなものがあるのなら、ぜひ身につけたいと思った。
「あー。あなたは多分魔術は使えないと思うわ」
「えっ、マジかよ。何で?」
「黒髪で魔術を使える人は今まで一人もいないらしいのよ。ミユも聞いたことあるでしょ?」
「はい。なので私も魔術は使えないです」
ミユは自分の髪が黒いことを母親にでも聞いていたのだろう。
「何だよ。つまんねー」
そう言ってだらだらとベンチに背を持たれた。せっかく魔術があるのに自分には使えない。ものすごくがっかりした。
「仕方ないでしょ? 元々魔術の才能がある人は一握りなんだから」
「ふーん。じゃあしょうがないか」
そんなことを話していると、校舎の方から一人の女性が走ってきた。長い黒髪をなびかせ、何やら必死な表情だ。
ミユに何となく似ている。恐らく母親だろう。しかしその割には若く、綺麗だと思った。
彼女は息を切らせながら、走ってきた勢いのままミユの肩を掴む。
「はあ……はあ……美優、あなた、何でここに……!?」
「えっと、お母さん……ごめんなさい。少しだけ、外に出てみたくて……」
「はあ……はあ……そう……」
彼女は余程急いで来たのか、中々息が戻らない。本当にミユのことを心配したらしい。
「……あまり無茶しないで。あなたに何かあったら……」
「……ごめんなさい。今度から気をつけます。あの、お母さん。授業は大丈夫ですか?」
「ええ。今は私は授業がないから大丈夫よ。そんなことよりあなたが無事で良かったわ……」
「途中で会ったこの人たちがここまで連れてきてくれたんです」
「そうなの……」
ミユの母親はこちらに視線を移す。
「あなたたち、本当にありがとう……ね……?」
幸介を見てお礼を言い掛けたユキノが、目を丸くして固まった。
「え……? あなた……まさか……」
「え?」
「あなたの、名前は……?」
「幸介です」
「……!」
ユキノは言葉を失った。
数秒の間、沈黙が流れた。
「あの……オクヤマ先生、彼を知ってるんですか?」
リアが尋ねる。
「……いえ、知らないわ……あなた、どこから来たの?」
「先生、この子、記憶がないみたいなんですよ」
「え……? 記憶がない?」
ユキノはまた目を丸くして驚いた。
「ええ、まあ」
何度も驚かれるので、何となく気まずくなって頭を掻く。
「だから名前以外何も覚えてなくて、自分がどこに住んでいるのかもわからないそうです」
リアが大まかに事情を説明してくれた。
彼女の言った通りだ。自分についてのことを何かを思い出そうとすると頭痛がやってくる。
「そう、なの……」
「はい」
まだ戸惑っている様子の彼女に、幸介は答える。
「……何故、美優を連れて来てくれたの?」
「え、いや、何かこの子が危なっかしいと思って」
「お母さん、お兄ちゃんは私が人にぶつかって転んだところを助けてくれたんです」
「え? お兄ちゃん……?」
「……? はい。多分年上の方かなと思ったので」
ユキノが驚いたように訊き返すと、ミユは首を傾げながら答えた。
ユキノは「そう」と一言だけ呟いた。
無事にミユが母親に会えたことを確認した幸介は、立ち上がって言う。
「あの、じゃあ俺はこれで」
「「「え!?」」」
三人が驚いた。幸介がその場を去ろうとしたことが余程意外だったらしい。
「ちょっと待って! あなたどこへ行くつもりなの!? 行くところがないんじゃないの!?」
リアが何やら必死に尋ねてきた。
「いや、まあそうだけど。どこかでダンボールでも探して、それで公園に家でも作るとか?」
「ダンボール!?」
「何ですか? それ?」
リアとミユは何のことかわからないという様子で顔を顰めた。
ダンボールというのは何か荷物などを入れる箱で、簡単に解体出来るようなものだったような気がする。ホームレスがそれで住まいを作っていたと思う。
「この国にはダンボールなんてものはないわよ」
ユキノが呆れたように言う。彼女はダンボールというものを知っているのかもしれないと何となく思った。
「マジっすか。じゃあどうしよう」
早くも住居を作る手段を見失った。せめて雨風をしのげる場所を探さなくてはならない。
「仕方ないわね。とりあえず今日は城に来なさいよ。部屋ならいっぱいあるし」
突然リアがそんなことを言い出した。
「城? 城ってあの城か?」
「そうよ」
遠くの高台に見える城を指差して訊き返すと、リアはそう答えた。
「何でお前が俺を城に呼ぶんだ?」
「だって私、王女だもん。で、あの城に住んでるのよ」
「え、マジ?」
「リアさん、王女だったんですか?」
幸介に続き、ミユも驚いている様子で尋ねた。リアは特に偉そうな雰囲気もなく、幸介とミユにも対等に接してくれたので、王女などという身分の人間だとは思いもしなかった。
「美優も気付かなかったのね……彼女はリア・スターリング。この国の王女様よ、一応」
ユキノが少し呆れたようにそう言った。
ミユは盲目なので王女の見た目などは分からないし、先程もファーストネームしか聞いていなかった。リアが王女だと気付かなくても仕方がないと思う。
「一応じゃなくて普通に王女なんですけど……」
「マジかよ。お前、全然王女っぽくないじゃん」
「失礼ね! 何でよ!?」
「いや、普通王女が一人で街中走ってないだろ? 知らないけど」
「この国は平和だからいいのよ!」
リアは何やらムキになってぷんすかと怒ってきた。こういうところも何となく王女っぽくないと思う。
「ふーん。じゃあお前の城に行くから何か食い物くれ。腹が減ってきたし」
「いきなり図々しいわね!」
「いいじゃん。いっぱい食い物あるんだろ?」
「多分あるけど!?」
リアとそんな会話をしていると、成り行きを見守っていたユキノが口を開く。
「待って。幸介君は、うちで預かるわ」
「え……!?」
ユキノの言葉を聞いたミユが驚いた。母親がそんなことを言うとは思わなかったらしい。
「オクヤマ先生が?」
「ええ」
「えっと、大丈夫ですか? こんな得体の知れない子を住まわせるなんて。城なら彼に監視もつけられますよ」
「監視をつけるのかよ」
リアの言うことに辟易する。
どの程度のものかは分からないが、監視されるのは面倒臭い。
「大丈夫よ。彼は美優を助けてくれたし、悪い子ではないということは、あなたも分かっているんでしょう?」
「ええ、まあ。でも……」
「幸介君はどう? 出来れば私の家で暮らして、私が学校にいる間は美優と一緒に居て貰えると嬉しいんだけど」
「え、いいんですか?」
「お母さん!? いいの!?」
「ええ」
驚いて訊き返すミユに、ユキノは優しく微笑む。
「オクヤマ先生がそう言うなら……あなたはどうなのよ?」
「いや、俺は住まわせてくれるならありがたいけど」
自分の家も分からず、どうやって暮らしていくのか見当もつかない。ユキノの申し出は願ったり叶ったりだ。
「……あの、私と一緒にいてくれるんですか?」
「ああ。そりゃもちろん」
ミユは素直で可愛いと思う。自分の方から一緒に居たいくらいだ。
「……ありがとうございます」
ミユが俯きながら言う。泣きそうにも見えるが、彼女の口元は緩んでいる。多分、嬉しいのだと思う。
ミユは目が見えないため、行動を制限され、一人で自由に外を歩くことも出来ない。そのため、友人などもいないのかもしれない。
「ミユ……」
リアがミユを見て微笑む。
リアも何だかんだで優しい女の子だ。最初に彼女に声を掛けたときもすぐに回復魔術で助けようとしてくれたし、出会ったばかりの自分のことも気にかけてくれた。
「とりあえず、校内に食堂があるからそこにいきましょうか。幸介君、お腹が減ってるんでしょ? 何か食べさせてあげるわ」
「マジっすか? ありがとうございます」
「ええ。で、リア王女。大分遅刻よ」
「あ! 忘れてた!」
リアは「じゃあ授業いきます!」と言って校舎へ向かって走っていった。
リアの背中を見送り、座っているミユに目を移す。
「……」
ミユは何か言いたそうにこちらへ顔を向けている。
「腕に掴まるか?」
「は、はい」
ミユは立ち上がり、先程と同じように嬉しそうに右腕にしがみついてきた。
「貸して」
また杖を持ってやり、彼女の歩幅に合わせて歩き出す。
「あらあら、何だか本当の兄妹みたいね」
二人の様子を見て、ユキノは優しく微笑む。
ミユは幸介の右腕にしがみつきながら、嬉しそうに歩いていた。
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