本当の目的

 放課後の愛好会の活動が始まった。


 とりあえず第一体育館よりギャラリーが狭い第二体育館で活動し、正式に部になってから剣道場を使用することになった。


 メンバーはその日によって自由参加でよく、基本的には和也と堂本、剣道部の元部員たちが教える側になった。あとは部になれば顧問の教師も教えてくれるだろう。


 結局、秋人は週に二回程参加して、和也に指導するついでに堂本にも指導することになった。堂本の意思を汲み取った彼の気遣いらしい。


 秋人が参加する日に限り、美優も活動に参加した。といっても最初のうちだけ、マネージャーのように世話係としてだ。


 一部の男子メンバーは美優に近付こうと考えて入会していたので、愛好会の人数を減らさないようにするためだ。


 とりあえず愛好会が部になるまで人数を維持するため、美優が愛好会のメンバーであるということにしておく。


 愛好会が部になりさえすれば、人数が多少減ろうがどうでもいいので、美優の役目は終了だ。


 もちろん、メンバーたちはそんな思惑に気付いていない。


「奥山さん、今日も可愛いなあ」

「たまに敬語になっちゃうところも可愛いんだよな」

「あの子がマネージャーなんて、俺は頑張れそうだ」

「俺も。めちゃくちゃ強くなっちゃうかも」

「強くなったら付き合ってくれないかな」


 男子メンバーたちは夢を膨らませていた。


 美優が参加するのと同じ理由で、沙也加も初日のみ秋人や美優と一緒に参加した。


 秋人はサッカー部に対してはしばらく運動が出来ないという設定にしてしまったので、最初のうちは実際に竹刀を振るわけにはいかなかったが、沙也加は一般のメンバーと同じように練習した。


 沙也加が竹刀を振るうたび、後ろで一つに纏めた明るく長い髪がなびいていた。


 放送中のドラマ『戦乱のラブレター』の中のワンシーンを間近で見ているようだった。


 その上、沙也加は練習しているメンバーの中では恐らく一番強く、そんな彼女に憧れる生徒は多い。


「お、おい。ほんとに平峰沙也加さんがいるぞ」

「マジかよ」

「綺麗だしカッコいいんだよなあ」

「俺、こっちに移ってよかった」

「分かる。俺なんかマジで泣きそう。めちゃくちゃファンだし」

「ちょっとだけ話し掛けちゃ駄目かな……」

「沙也加さんに竹刀でいじめられたい」


 幸介がちらっと様子を見に行くと、若干危ない声が聞こえた。


 秋人や美優に加えて沙也加も実際に活動に参加したので、この噂が広まればまだ人数は増えるだろう。


 そして当然、女子たちも色めきだっている。


「はあ。柴崎君、カッコいい」

「うん……」

「ねえねえ、それなりに強くなったら、柴崎君に手取り足取り教えて貰えるらしいよ」

「えっ、マジ? 私頑張る」


 彼が和也と堂本に特別に教えている姿を見て、そんな噂になったらしい。やはり秋人に思いを寄せる女子は多い。


 秋人そんな彼女たちの気持ちを察して言う。


「あ、彼らが優先だけど、君たちにも普通に教えるよ。何か聞きたいことがあったら何でも訊いてね」

「えっ、ほんとですか!?」

「やったあ。教えて下さい! 手取り足取り!」

「あ、私も!」


 女子たちは大いに喜び、彼の周りに集まっていた。



 しばらく後、秋人と美優が話しているのを見て、少し離れたところで女子数人が噂話をしていた。


「ねえ。奥山さんって子、柴崎君と仲良さげじゃない?」

「だよね。どういう関係?」

「試合のとき超強い人いたじゃん。あの人の妹なんだって」

「そう言えば腕を組んでるのを見たような……」

「じゃあブラコン?」

「っていうか、柴崎君、沙也加さんとも仲良いっぽいじゃん」

「沙也加さんと付き合ってるのかも」

「ありえる。沙也加さんがわざわざこんなのに参加するなんておかしいもん」

「でも柴崎君って絶対彼女作らないらしいよ」

「あ、それ私も聞いたことある」

「何でだろ?」

「でも誰とも付き合わないなら仕方ないよね」

「うん。その方がみんなの柴崎君って感じでいいかも」


 そんな噂話が続いた。


 ちなみにマネージャー志望の女子も三人入会した。こちらも来る者拒まずなので、まだ増えるかもしれない。


 彼女たちがマネージャーになった理由も、当然秋人がいるからだ。



※※※



 愛好会が活動を開始すると、幸介は生徒会長である千里に、愛好会をなるべく早く部にするよう急がせた。


 特に、美優の時間を取られるのを避けるためだ。


 メンバーは四十人もの差があり、部長の堂本もすでに愛好会のメンバーだ。剣道部の残りの部員は三、四人程度。廃部も目前だ。


 愛好会が活動を開始した翌日の昼休み。


「千里さん、愛好会が部になるのにどのくらいかかりますか?」


 生徒会室にやってきた幸介は、目の前で何やら書類仕事をしている、黒髪をポニーテールにした女子生徒に尋ねた。


 会議用の大きな机の角には、彼女がすでに食べ終えた弁当の包みが置いてある。


「そうね。早ければ二日。遅くても一週間以内かしら」

「さすが千里さん。仕事が早い」


 千里は落としていた視線を上げる。


「まあ正直、これだけ人数に差があると話が早いわね。それに堂本君が入ったのも大きい」

「そうですか」

「それはいいとして、問題の池上君だったかしら? 彼はどうなったの?」

「今まで和也が使った金は堂本が返させると言ってましたし、彼に任せておけばいいですよ。あとは和也次第ですかね」

「……それだけ?」


 千里は少し躊躇うように尋ねた。


「いえ。池上の入部を許可しても団体戦のレギュラーにはするなと言ってあります。それに、悪評も流れたせいで一緒にいた仲間も離れていったみたいですし、大人しくなるんじゃないですか?」


 池上と一緒に和也をいびっていた連中は、試合以降、池上と連まなくなったらしい。


 女子たちに池上の悪評が流れたというのもあるが、池上が和也に負け、あまりにも醜態を晒してしまったことも理由だろう。


 幸介が和也に「池上に勝ってくれた方が嬉しい」と言ったのはこのためでもある。和也には言っていないが。


 池上から離れていった連中はまだ剣道部に所属はしているが、練習にも来ていないと堂本から聞いた。


 千里はそれを聞いて再び視線を落とす。


「そう……それで終わり?」

「ああ」

「ならその子はまだよかったわね。それくらいで済んで」

「寛大だろ」


 和也を助け、彼を妬んで排除しようとした池上を逆にレギュラーから外し、仲間も離れさせる。そして、尚且つ和也には施設の子供達に剣道を教えさせて道場を復活させる。


 ここまでが幸介が描いたプランだった。



※※※



 幸介はこれまでも、周りの人間を傷付けた者に相応の報復をしてきた。


 そのことは千里も知っている。


 ただ、奈津を殺した奴らにはまだそれを遂げていない。


 先日だけでなくもっと以前にも、それを止め、未来を大切にするようにと千里には言われたことがあった。


 しかし、全てを失くしてでも、それを止めることだけは絶対に出来ない。


 幸介、そして秋人にとって何より優先している本当の目的。記憶喪失事件と呼ばれている犯罪者たちの記憶消去や、沙也加に女優をやらせていることも、そのための布石。


 それは、奈津を殺した奴らへの復讐だ。



 ——そして、夕菜と玲菜の父親、佐原健流たけるも、その一人である。

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