本気ですか?

 数日が過ぎ、中間テストが終わる頃には、剣術愛好会の人数はかなり増えていた。校内新聞の効果もあるのだろう。


 現在総勢四十二名。元々の剣道部員だけでなく、素人の一年生からの入会もそれなりに多い。二、三年生もちらほらいる。


 彼らが入会した主な理由は、男女問わず一番多いのが、剣道部の部長に勝った沙也加に憧れて。これはもちろんミーハーな者が多い。


 二番目が、愛好会の関係者である美優や秋人に近付きたいから。


 三番目に、みんなが入るから何となく。多分楽しそうだと思ったらしい。


 残りが剣道部より強い愛好会に入った方が強くなれるから。


 彼らの口から直接聞かなくても、何となく見ていれば分かる。要するに真っ当な理由で入会してくる者は少ない。


 しかし幸介にとっては、会員が増えさえすれば入会の理由はどうでもいい。


 この愛好会の目的は剣道部に成り代わること。そして、和也が特待生として継続出来さえすれば良かった。そうすれば、家庭が裕福ではないと言っていた彼の学費も予定通り免除される。


 それに、新入生の和也がいきなり剣道部の部長になるよりも、元々愛好会の会長をやらせて後からメンバーを入会させた方が、彼に対する反感は少ないだろう。




※※※





「本気ですか?」


 入会届けを受け取った和也は、目の前の堂本に尋ねた。



 中間テストが全て終了した翌日の昼休みのことだ。


 和也は一年A組の教室へやってきた堂本に廊下に呼び出され、人通りのないところまで移動すると、いきなり入会届けを渡された。


「ああ。俺も愛好会に入会させてくれ」

「……えっと、剣道部はどうなってるんですか?」

「剣道部はもう終わりだ。池上を含めて三、四人くらいしか残っていない。それ以外はほとんど愛好会に入ったと聞いた」

「マジっスか……」


 試合以来部活に参加していなかった和也はその現状に驚いた。


 それは先日幸介が言っていた通りの結果だ。


 テスト期間中は入会の受付のみ行っていたのだが、全員が和也に意思を伝えてくるわけではなかった。そのため、和也は双方の人数を把握していたわけではない。


 ただ、和也のところに来た入会希望者の人数は美優には伝えていたので、幸介は人数を把握しているのだと思う。


「もちろん俺も新入生と同じ扱いでいい」

「いや、それはちょっとどうなんスかね……」


 堂本がこのように入会を希望してくるとは思わなかった。


 部長であり、剣道部の顔でもある彼が抜けるとなると、剣道部は本当に崩壊する。


 しかし彼が入会を希望する理由は、何となく思い当たる。


「言いにくいんスけど……」

「ん?」

「愛好会に入ってもあの人たちが指導してくれるかはわからないっスよ。愛好会の会長は俺になりましたし」

「何……!?」


 堂本の反応を見て、やはり彼の入会理由は剣の上達だと分かった。


 去年高校大会で個人準優勝した彼は、間違いなく剣に対して真剣に取り組んできたはずだ。今年は優勝を目指すに違いない。そのために今以上の剣の上達を志している。


 しかし、和也は幸介が提示した条件と引き換えに剣を教わることになっているが、彼らが他のメンバーにも教えるつもりなのかはわからない。


 ちなみに、和也は幸介から教わるつもりだったが、ほとんどは秋人から教わることになるらしい。


「秋人のほうが俺や沙也加より強いし、教え方も上手い」と幸介が言っていたので、それは了承している。


 あの二人より強いという秋人はどれ程の強さなのだろうと思う。


 どちらにしても教わる立場で文句は言えない。


 幸介が提示した条件というのが、条件と言えるものでもないからだ。


 内容は愛好会の会長をやることと、施設の子供たちに剣を教えること。


 愛好会の会長は要するに剣道部の部長になるということだ。


 部長の仕事は何かあるのかもしれないが、誰も自分を排除することができなくなるので、ほとんどメリットしかない。自分に対する無駄な嫌がらせなども起きないだろう。


 もう一つの条件である子供たちに剣を教えるというのも、自分も剣を練習出来る環境である上、時給も発生するという。


 あまり裕福ではない親からお小遣いを貰うことに対して気が引けていたので、それも有り難い条件だ。


 要するに和也にとっては願ったり叶ったりの状況だ。助けて貰ったことも踏まえ、正直剣を教えて貰えなくてもお釣りがくる程だと思っている。


「あの人たちはもちろん大会なんか出ないですし、多分そんなに練習にも来ないと思いますよ。秋人さんはたまに来るとは言ってましたけど」

「じゃあ……平峰沙也加も来ないのか?」

「はあ。そうなんじゃないっスかね? あの人も忙しいでしょうし」

「マジか……」

「はい」


 和也は堂本の言葉に何となく違和感を感じたが、あまり面倒臭いことを考えたくはないので、そのまま流すことにした。


「あ、でもこれは内緒っぽいので、他の人には言わないでください」


 そう言えば、幸介や沙也加が活動に参加しないことは、他の生徒には言うなと言われていたような気がする。


「なるほど。だが、どっちにしろ剣道部がなくなって愛好会が部になるのも時間の問題だ。生徒会長の森川もそう言ってたし」

「そうスか」


 愛好会が剣道部に成り代わるということについては、元々幸介が千里に承認を取っていたらしい。


 すでに愛好会の人数がかなり多くなったので、千里から堂本に伝えられたのだろう。


「俺は今年も大会に出たいから、もうそっちに入るしかない」

「まあ、確かにそうっスね」


 堂本の発言を聞いて和也は頷く。


 大会に出られるのは正式な部だけだ。愛好会が部になるのが時間の問題なので、大会に出るには愛好会に入るしかない。


「一つ訊きたいんだが」

「はい」

「こうなることは最初から想定されていたのか?」


 それは当然の疑問かもしれない。あまりにも愛好会にとっては都合が良く、剣道部にとっては壊滅的な状況になってしまっている。それもこの短期間でだ。


 堂本も一連の流れを思い出し、その疑惑に思い至ったのだろう。


「みたいですね。俺も聞いたときはびっくりしました」

「……そうか」


 堂本はそう呟き、黙り込んだ。


 彼の気持ちはわかる。


 それは彼らが剣道部に確実に勝つ自信があったことを意味するからだ。


 和也は何となくその話題を切り上げることにした。


「まあとりあえず今日から活動するんで、適当に来てくれればいいっスよ。堂本さんは出来れば教える側に回って欲しいっスけど」

「ああ、わかった」

「あとは、池上さんのことで何か聞いてます?」

「あいつがお前に使わせた金は俺が必ず返させる。それでいいか?」


 やはり幸介は全て堂本に話していたようだ。


「はい。すみません。わざわざそんな役をさせてしまって」

「いや、俺にも責任はあるからな。それより、あいつが愛好会に入りたいと言ってきたらどうするんだ?」

「まあ……お金を返してくれるなら入会は別にいいっスよ。でも、とりあえず団体戦のレギュラーにはするなと幸介さんから指示されてます」


 そう言うと、堂本は一瞬驚いたような表情を見せた。


「……あいつが実質の会長ということか」

「まあそうっスね。そのことに対しては俺も全然文句はないです。元々形上の会長をやらされてる感じですし、何よりあの人が強いので」

「池上をレギュラーから外す理由を訊いてもいいか? 俺には何の権限もないのは分かってるが」

「俺も理由は聞いてないんですよ。でも多分、池上さんが最初に俺を排除しようとしたことに対する報復じゃないかと思います」


 和也も幸介がそう指示してきた理由を聞いていない。


 幸介に訊いてもごまかされたり、彼の考えは分からないことが多いので、もう考えるのが面倒臭い。


 どちらにしても、元々幸介が愛好会の会長のようなものだと認識しているので、彼の言うことには素直に従うつもりだ。


 幸介には感謝の気持ちもあるし、信頼しているというのもある。


 ただ、「池上を団体戦のレギュラーにするな」という指示の理由は聞いてはいないが、多分、報復なのだろうと思った。

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