見ての通り

 昼休みになると、夕菜と愛梨は二年A組へやってきた。


 A組の教室に入る直前、生徒会長が頬を赤らめながら教室内を覗いている姿が目に入った。


 一体何をしているのだろうと夕菜は気になったが、特に知り合いでもないのでそのまま素通りして教室へ入った。


「ちょいちょい。秋人君」


 愛梨が手招きし、数人の男女に囲まれている秋人を呼び出す。


 秋人はクラスメイトたちに「ちょっとごめんね」と断りを入れて近付いてきた。


「秋人君しゃべろー」


 愛梨がにこにこと笑顔で言うと、秋人は何か訊きに来たことを察したらしく、半眼を彼女へ向けた。多分、最近は頻繁にこういうことがあったのだろう。


 誰も座っていない席が窓際にあったので、移動して一つの机を囲んで座った。


「で? 何の話する?」


 秋人が頬杖を付きながら、笑顔を作って尋ねた。


「秋人君、幸介君がしている指輪のネックレスって何なの?」


 愛梨が尋ねると、秋人は一瞬驚いたような表情を見せた。しかしすぐに笑顔に戻る。


「何でそれを?」

「夕菜が見たんだって。何か宝石みたいなのがついてるおもちゃのやつで、婚約指輪みたいな形だったって。ね、夕菜」

「うん」

「知ってるよ。それがどうしたの?」


 彼は爽やかな笑顔を向けてはいるが、何となく面倒臭そうに見える。しかし愛梨は気にも留めずに笑顔で言う。


「夕菜が気にしてたから訊きに来たの。何か意味があるのかなって」

「幸介君は御守りだって言ってたけど、何かごまかしてる感じだったから……」


 多分、幸介に訊いてもまたごまかされるので、秋人に聞きにきた。


 秋人は「ふーん」と呟き、視線を夕菜に向ける。


「あれは、見ての通り婚約指輪だよ」

「へ?」


 秋人の言葉を聞いて、愛梨がきょとんとなった。


「それはそうなんだろうけど、何でそんなのつけてるの?」


 夕菜が尋ねた。

 形的に婚約指輪であることはわかっているので、秋人の答えには満足出来ない。


「多分、いつか好きな子にでも渡そうと思ってるんじゃないの」

「おもちゃの指輪を?」

「ああ」


 夕菜が訊き返すと、秋人はそう答えて視線を窓の外へ移した。


 それを聞いた愛梨はこちらに笑顔を向けてきた。


「そうなんだ。じゃあ夕菜、貰いにいった方がいいんじゃない?」

「……!」


 思わず首がガクッとなり、机に額をぶつけてゴンと鈍い音が鳴った。


「……あんたねー」


 痛む額を抑えつつ、愛梨を睨む。


「ごめん、今のなし」


 愛梨は「ははっ」と笑って適当に誤魔化した。朝の件も含め、最近の彼女の発言は本当に酷い。


 秋人も何かを察したような表情になったが、特に何も言って来なかった。


 しかし、もし本当に幸介が好きな人に指輪を渡そうとしていて、自分にそれをくれたらどうだろうと考える。それが例えおもちゃの指輪だとしても、素直に嬉しいと思った。


「あ、っていうか! そういえば秋人君、何でサッカー部辞めちゃったの?」


 愛梨が思い出したように尋ねた。


 指輪についてはもう聞くことがないと思ったのか、そちらに興味が移ったらしい。


「ああ、知ってたんだ」

「そりゃ女子はみんな噂してるし、校内新聞にもなってるし」


 愛梨の言う通り、もしかすると彼がサッカー部を辞めたことは校内の女子ほぼ全員が知っているのかもしれない。そう思ってしまう程、女子たちが噂話をしているのを聞いた。


 秋人は頬杖をつきながら言う。


「ちょっと幸介に頼まれてね。長瀬君に剣を教えないといけないし、部活に行く暇があまりないんだ」

「え? それなら普通に幸介君が和也君に教えればいいんじゃないの? 幸介君も剣道強いじゃん」

「幸介は色々と忙しいから」


 愛梨が不思議そうに尋ねると、秋人はそう答えた。


 夕菜は幸介が忙しいという理由も気になったが、さすがにそこまで訊くのは気が引けた。


 彼は施設の子供達に会いに行ったりなど思いもよらない行動をしていたので、他にも何かやることでもあるのかもしれない。


「でも秋人君がサッカー部を辞めてまですることじゃなくない?」

「いいんだよ。それに美優ちゃんを送らないといけないときもあるし、結構暇じゃないんだよね」

「いや、そんなんで普通部活辞めないでしょ」


 愛梨が言うことはわかる。だから別の考えが浮かんだ。


「……もしかして、幸介君の頼みは断れないとか?」

「ああ」


 夕菜が尋ねると、秋人はそう答えた。


 思い浮かんだ通りの答えではあったが、何となくすんなりとは受け入れ難い。


「何で幸介君の頼みは断れないの? 多分、沙也加さんも……」

「あ、夕菜にしては珍しく興味を持ってる!」

「いや、何か気になるのよ……」


 愛梨の言う通り、普段はあまり他人のことを詮索しないが、彼のことは知りたくなる。


 秋人は頬杖をついて言う。


「別に。俺たちが自分より幸介のことを信頼してるだけだよ」


 少し戸惑った。


 秋人は多分、全てにおいて普通の高校生より有能な人間だろう。完璧人間というフレーズがしっくりくる。そんな彼が言うセリフだとは思えない。


「……いやいや、秋人君。言い過ぎでしょ?」


 愛梨が戸惑うのも当然だと思う。


「さあね。言っておくけど、理解はしなくていいから」


 笑顔は消え、秋人は真剣な表情でそう言った。


 突き放されたような気がした。


「部活のことは、先輩たちには医者に止められてるって言ったんだ。だから誰にも言わないでね」


 秋人はそう言って立ち上がる。


「……うん」

「分かったよ」


 夕菜と愛梨は何か納得出来ないまま、それ以上は訊けなかった。




※※※




 同じ頃、二年C組。


 幸介の隣には美優、向かいには亮太が座り、いつものように三人で弁当を食べていた。


 幸介は今日も美優の手作り弁当だ。

 

「ねえお兄ちゃん、何で夕菜さんと恋人だなんて噂になってるんですか?」

「そう。俺もそれが聞きたい」


 笑顔で尋ねてくる美優に若干恐怖を感じつつ、幸介はそう答えた。


「多分、河北さんたちが変に噂を流したんだろ」


 亮太が視線を廊下側の方へ移しながら言う。その視線の先には、昨日幸介に絡んでいたギャル三人組がいた。


「なるほどです。夕菜さんに恋人が出来たことにしたほうが得だっていう女子の陰謀も感じますね」

「さすが美優ちゃん。鋭い」

「俺はそんなのに利用されたの?」

「みたいですね。まあ何もないなら別にいいです」


 美優はそう言って幸介に笑顔を向けた。


「誤解は解かないの?」

「まあいいんじゃないの。面倒臭いし」


 亮太が尋ねてきたので、幸介はご飯を口に運びながら答えた。


「ですよね。それより義妹と付き合ってるっていう噂で上書きするのはどうですか?」

「おー、さすが美優。そりゃ名案だな!」


 幸介が調子よく答えると、美優も「そうしましょう!」と笑顔で言う。


「いや……もっと面倒臭くね?」


 亮太は頬杖をつきながら、馬鹿な提案をしている目の前の兄妹に呆れていた。

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