今まで以上に
学校で見る彼とは、別の姿がそこにあった。
子供達に向ける彼の微笑みは、つい先日、妹に向けられていたものと同じ優しいものだった。
子供達に囲まれた幸介は、一番幼い少女を抱きかかえて言う。
「お前ら注目! ここにいる和也が、お前らに剣を教える先生だ」
子供たちは茶髪に金メッシュが入った後輩のほうを向き、きょとんとしている。
注目された和也は、照れ臭そうに頬を掻く。
「その人に剣を習えば強くなれるの?」
一人の少年が尋ねた。
「ああ。お前らが強くなればもう大人に殴られることもないし、同じような仲間が近くにいれば守ることも出来る……かもしれない」
子供達は真剣な表情で幸介の言葉を聞く。
「やる!」
「私も! 強くなりたい!」
「僕も!」
彼らは口々に意思を示していく。
児童養護施設で暮らす、大人から身を守る必要のある子供達。
幸介の言葉から察するに、彼らは以前虐待のようなことをされていたのかもしれない。
再びガチャリと家の扉が開いた。
「こんにちは、幸介君」
出てきたのは二十代と思われる綺麗な女性。ミディアムの青みがかった髪と明るい笑顔が印象的だ。
「こんにちは、留美さん」
「えっと、その子たちは?」
彼女は夕菜たちに笑顔を向け、何やら弾んだ声音で尋ねた。
「彼女たちは俺のクラスメイトであっちは後輩です」
「女の子、可愛いじゃないですかー。はっ……まさかついに幸介君に恋人が!?」
留美と呼ばれた女性は、手のひらを口に添えて大袈裟に驚く。
「違います。そんなんじゃないです」
「えー、違うの? つまんなーい」
「別にお前を喜ばせる気はないから」
幸介が突然タメ口になった。
彼女の悪戯っぽい笑顔や言動が癪に触ったのかもしれない。
「もしそうなら美優ちゃんが黙ってないもんね」
「美優に変なこと言うなよ!?」
「はいはーい」
女性はにやにやと笑みを浮かべた。
幸介は幼い少女を抱えたまま彼女と話しており、その周りでは子供達がわいわいと楽しそうにお喋りしている。
「夕菜」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれたので戸惑った。
「今度、玲菜をここに連れてきて」
「え? 何よ急に?」
「玲菜が剣道教えてって言ってただろ」
「あ、うん」
そう言えばと、妹がそんなことを言っていたことを思い出した。
「剣道? 玲菜ちゃんが?」
「うん、まあ。沙也加さんみたいに強くなりたいんだって」
愛梨が意外そうに尋ねてきたのでそう答えた。
愛梨は「何か可愛いじゃん」と微笑んだ。
「こいつらと一緒にここで剣を習えばいい。玲菜ならすぐにこいつらとも仲良くなれるだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「まあ無理にとは言わない。お前に任せるよ」
「うん。わかった」
直後、今まで黙っていた亮太が口を開いた。
「な、なあ幸介」
「何?」
「この子たちは何なんだ?」
亮太もこの現状に戸惑っているらしい。
「詳しくは後で説明するけど、この子たちは親がいないからここで生活してるんだ」
幸介は左腕に幼い女の子を抱え、右手で唯と呼ばれていた少女の頭を撫でながら答えた。唯は何やら頬を赤らめている。
彼が今詳しく話さないのは、子供たちのことを考慮しているからだろう。多分、彼らは両親に問題があり、児童相談所などに助けられたのだと思う。
「で、この人は留美さん。秋人の家の家政婦で、順番にこの子たちの面倒を見てる」
「初めましてー」
留美と呼ばれた女性はこちらに小さく手を振りながら、にこにこと笑顔を向けた。
「あ、この人はバカで何かうるさくて美人だけど、優しくていい人だから」
「ちょっと幸介君。余計なことは言わなくていいんです! 美人だって言うのは、別に構わないけど!?」
留美は顔を赤らめつつ喚く。
大人の女性にも拘らず、可愛らしいと思う。
「あ、初めまして。宮里愛梨って言います。こっちの美少女は夕菜で、この茶髪のチャラ男は亮太です」
「おい、お前! そんな紹介の仕方があるか! ほんとにチャラ男だと思われるだろ!?」
愛梨が適当に自己紹介をすると、亮太はぷんすかと抗議。
「いいじゃん。ほんとだし」
「アホか! あの美人なお姉さんの評価が悪くなるだろが」
「は? 知らないし。っていうか、それ騙そうとしてんじゃん」
「言い方が悪いんだよ!」
ぎゃあぎゃあと普段のような言い争いが始まってしまった。
「亮太」
「何だよ!」
幸介が名前を呼ぶと、亮太は愛梨に向けた勢いのまま返事をした。
「ちょっとこいつらと遊んでてくんない?」
そう言って、幸介は抱きかかえていた幼い少女を降ろす。
亮太は「へ?」と戸惑った。
子供たちも不安げな表情で亮太を見る。
「夕菜と愛梨もな」
「うん、いいよー。でも私たちでいいの!?」
「ああ。お前らならいいんじゃない?」
幸介は愛梨に微笑む。
「ねえ、こうすけ。この人たちは?」
「ん? こいつらは俺の……友達? かな」
「ふーん」
服の裾を引っ張る少年に、幸介は優しく答えた。彼の言い方が引っかかった。
「よーし、お前ら。このお姉ちゃんたちが遊んでくれるぞ」
「わーい!」
一人の少女が走ってきて、愛梨に飛びつく。
愛梨は「わっ、可愛いー!」と少女を受け止めた。
「幸介さんは?」
唯と呼ばれていた少女が幸介の裾を引っ張って尋ねた。
「俺はちょっと、和也と道場へ行ってくるから。行くぞ和也」
「あ、はい」
「じゃあ私もいきます」
幸介は和也と唯を連れ、奥にある道場の方へ歩いて行った。
「お姉ちゃん、家の中に入る!? ゲームしようよ」
「えっ……うん、いいわよ」
突然少年が話し掛けてきたので、夕菜は咄嗟にそう答えた。
愛梨もすでに飛びついてきた少女に手を引かれ、玄関へと向かっている。
「お兄ちゃん、チャラ男なの?」
亮太のそばには、一人の少女。
「違う。さっきのおっぱいがでかい女は凶悪なやつなんだ。いつも俺をいじめてくるんだ」
「えー! 酷い!」
亮太の発言はともかく、素直な少女の反応を見て微笑ましくなった。
「亮太! 聞こえてるんだけど!?」
「うるせー! お前が先に喧嘩を売ったんだろが!」
「私が言ったのは本当のことだけど、あんたが言ったのは嘘でしょうが!」
「大方本当だ!」
「どこが!?」
亮太と愛梨は普段のように口喧嘩をしながら、家の中へ入っていった。
夕菜に声を掛けてきた少年もみんなが入っていってしまったため、慌てて後に付いていった。
それを見送り、夕菜は再び幸介たちが向かった先に視線を移す。
「幸介君のことが気になります?」
声を掛けてきたのは、一人残っていた留美だ。
何やら期待したような、茶化すような笑顔をこちらに向けている。
彼女は少しお調子者のようだが、何となく優しい女性だとわかる。幸介や子供たちもそう言っていたし、彼女が優しいからこそ、子供たちがあんなに笑顔でいられるのだと思う。
「まあ、そうですね。ここに来てからは今まで以上に」
年上の女性に対してだからか、いつもより素直な言葉が出た。
彼のことは純粋に気になる。他の同級生たちとは明らかに違う。
「でしょうね。私も気になっていますから。色々と」
「え?」
留美の一言に驚いた。
彼女は「ふふっ」と微笑む。
「幸介君って、学校ではどんな感じですか?」
「……えっと、だいたい教室で寝てるかぼけっとしてますね」
「あの子らしいですね」
留美はまた笑顔を向けてきた。
彼の話を聞くのが嬉しいらしい。
「あの、幸介君とは仲が良いんですか?」
彼のことが気になるので、どんなことでも知りたいと思い、尋ねてみた。
「はい。彼が小学生の頃から知っていますから」
「そうなんですか……小学生の頃の彼ってどんな……?」
「とても優しくて良い子でしたよ。それは今もですけど。だから私も幸介君のことは好きですし、秋人君のお母さんなんか本当に幸介君のことを可愛がってるんです」
留美は嬉しそうに彼のことを話してくれた。
彼女の幸介に対する印象は、夕菜が抱いているものとほぼ同じだ。
「……みんなに優しくて、好かれて、あいつは昔からそんな感じなんですね。それに、何かみんな仲が良くて、羨ましいです」
「はい。幸介君は、沙也加ちゃんとはよく喧嘩をしてましたけど、基本的にはみんな仲が良かったです。特になっちゃんとは本当に仲が良くて、そのせいで男の子たちからはやっかみを……」
そこまで言うと留美は突然「はっ」と口を噤んだ。まるで口を滑らせてしまったというように。
しかし彼女はすぐにまた笑顔を作る。
「すみません。そろそろ中に入りませんか? 先に入っていった彼らにもお茶をお出ししないといけないですし」
「あ、いえ。私もちょっと道場のほうを見てきてもいいですか? 家には後でお邪魔します」
「そうですか。わかりました」
そう言って留美は家内へ入っていった。
残された夕菜は、奥にある道場へ向かう。
そして歩きながら考える。
先程の留美の発言の中に、気になるワードがあった。
(なっちゃん……?)
夕菜は初めて聞く名前だ。幸介や秋人からも、そんな名前は聞いたことがない。
その名前を口にした途端、留美は何か失言をしてしまったかのように口を噤んだので、何となく引っかかった。
幸介が沙也加とよく喧嘩をしていたということも意外だと思った。
今の彼らは喧嘩など考えられないほど仲が良いと思う。沙也加も幸介に反抗するようには見えない。
子供の頃に喧嘩をしていた相手と仲良くなることなど、よくある話だとは思う。
しかし夕菜には何故かそのことが気に掛かった。
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