条件

「ねえねえ幸介君、一緒に帰らない!?」


 放課後、幸介が自席で帰り仕度をしていると、愛梨が声を掛けてきた。肩までの茶髪と豊満な胸を揺らし、満面の笑顔だ。


 幸介の机に両手を置いて前屈みになっている上、シャツのボタンをいくつか外しているので、胸の谷間が見える。


「いきます」


 胸に視線をやりながら答えた。


「あー! 今胸を見ながら言った!」


 愛梨が左腕で胸を隠し、右手で幸介を指差して叫ぶ。


「バカが! 普通のことだろうが!」

「へ? そ、そう、だね……」


 あまりに堂々と言ってやったので、愛梨は勢いに押されたらしい。


「で? 何なの、急に」

「切り替えが雑なんだけど!?」


 幸介が頬杖をついて尋ねると、愛梨が突っ込む。


「……えっと、急にじゃないよー。前から一緒に帰ろうと思ってたんだから。ね、夕菜」

「うん。まあね」


 愛梨の後方には、ジト目で幸介を見る夕菜の姿があった。


「ちょっと待った。お前ら一緒に帰るの? じゃあ俺も行くわ」


 そう言って近付いてきたのは亮太だ。


「待て待て。今日はちょっと用事があるんだよ」

「あ、やっぱりさっきのはノリだったんだ」と、愛梨。


「またそれかよ。今日はその手には乗らねえぞ」

「いや、本当だって」


 幸介は遊びに誘われると、とりあえず調子良く答えて実際には行かない。一緒に連れて行かれそうなときには、用事があるなどと言い訳をして逃げていた。それが今になって限界が来たらしい。


「何の用事!?」

「……ちょっと和也っていう後輩と行くところが」


 愛梨の勢いに若干押されながら答える。


「じゃあいいじゃん! 私たちも付いて行っても」

「え、ついてくるの?」

「私もついていくわ」

「え、何で?」


 驚いて夕菜を見る。


 最近関わった程度の評価だが、夕菜は愛梨ほど強引な性格ではないし、基本的にはあまり他人に踏み込まないタイプだ。


 しかし先日、彼女の部屋にいるとき、幸介のことを突き詰めて訊いてきたことを考えると、それ程意外でもないのかもしれない。


「もちろん俺も行くぞ」

「お前もかよ」


 亮太に関してはいつも誘いをすっぽかしているので、こう言ってくるのは仕方がない。


 どうやら彼女たちは、幸介が和也と単に遊びに行くとでも思ったようだ。


 三人はぐいぐいとついて来ると言い張るが、夕菜が付いて来るのはある意味手間が省ける。他の二人に関しても、これ以上拒否してももう無駄だろう。


「じゃあついてきてもいいけど、邪魔はするなよ」

「ああ。わかったよ」


 亮太は何故か嬉しそうな表情になった。


 幸介は「はあ」と溜め息をつく。


「ちょっと待ってろ」


 スマホを取り出し、発信ボタンを押す。掛けた相手は秋人だ。


『もしもし?』

「秋人、今日は美優を送ってくれ」

『了解』


 それだけ頼むと、通話を終了した。


「じゃあ行くか」


 スマホの画面から視線を上げると、三人は無言でこちらを見ていた。


「……ちょっと待て。美優ちゃんを柴崎に送らせんのか?」

「ん? ああ。まあな」

「何でだよ!?」

「うおっ!?」


 突然詰め寄ってきた亮太に驚く。


「いや、だって美優まで連れて行くとさすがに多いし……」

「そうじゃねえよ。何でわざわざ柴崎に送らせるのかってことだよ!」


 亮太はバンっと机に手をつく。


「何でって……美優が一人だと心配だから、俺がいないときはいつも秋人に送らせてるんだよ」

「はあ!?」


 亮太はさらに憤慨して詰め寄ってきた。


「ちょっ、愛梨! 怖いんだけど!」

「亮太、辞めなさい」

「はい」


 愛梨に咎められ、亮太は大人しくなった。


 彼は自分に非があるようなときには、素直に愛梨の言うことを聞くのかもしれない。


「すまんな。取り乱して」

「……おう」

「つーか、それなら俺でもいいだろ? 美優ちゃんを送るの」

「はっ、下心丸出しのお前なんかに美優を任せられるか。別の意味で危ねえだろが」

「ぷっ。確かに! あんたに任せるわけないじゃん」

「くっ……」


 幸介と愛梨の言い草を聞き、亮太が肩を落とす。反論は出来ないようだ。


「でも秋人君に送って貰ってるなんて、彼のファンが知ったら大変だよ。ね、夕菜」

「うん。でもあの人って部活とかあるんじゃないの?」

「アホか。そんなもん美優の方が優先に決まってるだろが。部活なんかあっても休ませる」

「「……」」


 夕菜と愛梨は驚いたような表情になった。


 普通は人を送るだけで部活を休ませるのは意外なのかもしれない。


 しかし秋人も部活動のことなどどうでもいいと思っている。それに、今後はそんなことを気にする必要もなくなる。


「おい、まさか柴崎のやつが家まで上がり込んで美優ちゃんと二人きり、なんてことはないだろうな?」

「その可能性はある」

「なっ、何……!?」


 亮太は唖然となって訊き返す。


「いや、大丈夫だから。何もねえから。お前じゃあるまいし」

「そうだよ。あんたじゃないんだから」


 毎度乗っかってくれる愛梨はけっこう自分と気が合うと思う。


「俺って全然信用ないんだな……」

「チャラそうな女子校があるとか言ってナンパに行くようなやつを信用出来るか」

「あ、言えてるー」


 落ち込みながら言う亮太に、幸介と愛梨が追い討ちをかける。


「ぐ……確かに……つーかお前、何であの時も来なかったんだよ!?」

 

 余計なことを思い出させてしまったかもしれない。ナンパに誘われたときも、幸介は調子良く返事をして結局バックれた。


「いや、あのときは急用が……っていうか結果はどうだったの?」

「上手くいったと思うか?」

「……」


 どうやら上手くはいかなかったらしい。


「まあまあ。とりあえず出ようよ」

「……ああ。そうだな」


 愛梨と亮太は教室の出入り口へと向かう。


 幸介も立ち上がり、通学用に使っているリュックを肩にかける。


「ほら。お前も行くんだろ」

「うん」


 夕菜と並んで二人を追う。

 そして教室を出た。


「ねえ」

「ん?」


 廊下に出たところで、夕菜が声を掛けてきた。


「美優ちゃんを大事にしてるのね」

「ああ。そうだな」

「何でそんなに? もう子供じゃないのに」

「女の子は子供じゃなくても危ないっていうのは、お前が一番よく分かってるだろ」


 夕菜は何かを思い出したのか、はっとしたような表情になった。


「うん。そうだね」

「もし美優に何かあったら、後悔じゃ済まない」

「そっか」


 幸介が言ったのは紛れもなく本心だ。

 しかし、彼女を優先して守る理由もある。


 美優の能力は『視覚同調』。他人の視界を覗き見ることが出来る。


 周囲の人間を守るためには、彼女は非常に重要な存在だ。


 例えば美優以外の誰かに何か危険が及んだとしても、美優の能力があれば対応することが出来る。


 しかし美優に何かが起こり、連絡が出来ない状況になってしまった場合、彼女自身を助け出すのは非常に困難になる。


「つーかお前、あれから夜に一人で出歩いてないだろうな?」


 重要なことなので、真剣に尋ねた。


 夕菜は一瞬目を見開くと、「うん。出歩いてないよ」と頬を赤く染めて微笑んだ。


「ならいい」


 一応夕菜の答えには安心出来たので、そう言って話を切り上げた。



※※※



 校舎を出て和也が待つ校門前へ行くと、彼はきょとんとなった。

 

「あの、この人たちは?」

「何か付いて来るってしつこくてな。こいつらのことは気にしなくていいから」

「はあ。わかりました」


 五人の大所帯になってしまった幸介たちは、校門を出て最寄り駅へ向かう。


 数分歩き、最寄り駅である倉科駅に着いた。


 一番安い切符を買い、西へ向かう電車に乗った。


「ていうか、どこ行くの?」


 電車に揺られながら、愛梨が尋ねる。


「俺の地元。一駅で着く」


 そう答えると、夕菜と亮太が驚いたように幸介を見る。


「え? 幸介さんの地元に行くんスか? 何があるんスか?」

「付いてくればわかる」

「和也君も知らなかったんだ」

「え、はい。まあ」


 突然愛梨から笑顔で名前を呼ばれたからか、和也は少し戸惑いつつ答えた。




 数分間電車に揺られ、一駅先の西倉科駅で降りた。


 駅を出ると、住宅街を歩いていく。


 この辺りは幸介や沙也加が以前住んでいた土地だ。近くには秋人の家もある。


 しばらく歩き、広く塀に囲まれた、ただの家にしては大きな門の前で足を止めた。


 門のすぐそばには表札がかけられており、『児童養護施設・虹色園』と書かれている。


「何ここ? 児童養護施設?」

「ああ」


 不思議そうな表情の愛梨に一言だけ返し、門をくぐる。


 夕菜たちも幸介の後に続く。


 門の中には広い敷地内に大きな一軒家と、奥には離れになっている綺麗な道場がある。


 夕菜たちはきょろきょろと不思議そうに辺りを見回している。


「ここ、元々は沙也加の家なんだよ。ここで俺たちは剣を習ってたんだ」

「え、そうなんスか!?」


 和也が驚いた。

 幸介たちが剣を学んだ場所としては意外だったのかもしれない。


「じゃあ、何で今は児童養護施設なの?」

「誰も住まなくなったところを秋人の母親が買い取って児童養護施設にしたんだ」


 幸介が夕菜にそう答えた直後、ガチャっと家の扉が開いた。


「幸介さん!」


 一人の子供が黒髪をなびかせながら飛び出してきた。可愛らしい小学生の女の子だ。


 話し声でも聞こえたのか、もしくは窓からでも幸介たちの姿が見えたのかもしれない。


 彼女は走って来た勢いのまま幸介に飛びついてきた。


「おー、唯。元気だったか?」


 抱き着いてきた少女の頭を撫でると、彼女は「はい!」と満面の笑顔を見せた。


「こうすけ!」

「久しぶり!」


 さらに家から飛び出してくる少年少女たち。総勢七名。


 年齢はばらばらだがほとんどが小学生くらいで、中には五歳くらいの女の子もいる。


 幸介はあっという間に子供たちに取り囲まれた。


「よう、お前ら。ちゃんといい子にしてたか?」

「うん!」

「ちゃんといい子にしてるよ!」

「ほんとか? 留美さんや巧海さんの言うことをちゃんと聞いてるか?」

「ちゃんと聞いてるよー」

「そうだよ。留美さんも巧海さんも、優しいから大好き」


 幸介は「そうか」と子供たちに微笑む。


 留美と巧海は使用人として秋人の家で働く姉弟だ。二人とも昔から付き合いがあり、信頼出来る大人だ。


 彼女たちは秋人の母親も含め、交代で子供たちの面倒を見ている。



 幸介は何やら唖然となっている夕菜たちの方へ目を移す。


「和也、お前はここで子供たちに剣を教えてくれ」

「え? この子たちにですか?」

「ああ」

「何でそんなことを……?」


 和也は何やら戸惑っている様子だ。


「もちろん、この子たちを強くするためだ」

「でも、それなら幸介さんたちがやれば……」

「俺たちは事情があって出来ないからお前に頼んでるんだ」

「……」

「和也、頼む。この子たちは今のうちに強くなる必要がある。それに、俺はあの道場に、また活気を取り戻したい」


 和也はまだ何か訊きたそうな顔をしていたが、それ以上は訊いてこなかった。


「……何か分かんないっスけど、しょうがないっスね。幸介さんにはお世話になってますし」

「ちなみに時給を出す」

「やりましょう。俺に任せてください!」


 時給に釣られたらしく、和也は突然やる気を見せた。


 給料は秋人の母親である小夜さよが出してくれることになっている。


 時給を出せば、裕福ではないと言っていた和也の家庭の助けにもなるだろう。


 彼も喜んでいるようなので、良かったと思う。


 これも幸介のプランの一部だ。

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