小学生の女の子
幸介が目を覚ますと、隣にはいつも通り美少女の寝顔があった。美優が幸介の隣で眠るのはいつものことだ。
つんつんと、愛する妹の頬をつつく。
「う~ん……」
「おはよう、美優」
「ん…………あ……お兄ちゃん、もう朝ですか……?」
「ああ」
よしよしと美優の頭をなでると、彼女は笑顔になった。
「えへへ~。おはようございます」
「ああ。っていうか、お前は自分で起きられないの?」
美優は普段から幸介の隣で眠っているが、大体は幸介が起こすまで起きない。
「私はお兄ちゃんに起こされたいのです」
「そ、そうか」
「はい。じゃあご飯作りますね」
美優は起き上がり、ゆっくりと部屋を出ていった。
沙也加は朝から仕事があるそうで、すでにいなかった。
幸介は美優が作った軽い朝食を食べた後、しばらくの間テレビを見ながら過ごす。
バラエティの要素も含まれる報道番組では、いつものように記憶喪失事件のことが報道された。
幸介は毎日ニュースを見る習慣があるわけではない。何となくテレビをつけると、そのときにやっていたニュースが目に入るという程度だ。
しかし、毎日のように起こる記憶喪失事件は奇怪なこともあり、事件の報道は頻繁に流れるため、目に入りやすい。
昨日の被害者は東京近辺の女性に暴行しようとしていた二人の男。
いつも通り美優の能力での巡回中に発見したので、すぐに記憶を消した。
もちろんその被害者たちには何の同情心も湧かない。悪いのは彼らであり、彼らの記憶を消した自分は正義なのだ。
彼らの今後の人生がどうなろうと知ったことではない。それより、彼らの手によって被害を受けていた弱い者を救うことが出来た事実の方が重要だ。
そして、自分が正義であると信じられるのは、秋人が自分を信頼しているから。完璧人間の彼が信頼しているものは信頼出来る。
その後も、幸介はテレビを見ながらソファでだらだらと過ごした。
番組の合間に流れていたCMでは、笑顔でジュースを飲む沙也加が映っていた。
美優は食器の片付けや洗濯などと、主婦のように動いていた。
ある程度時間が過ぎると、幸介は自分の部屋へ戻り、適当な服装を選んで着替えた。選んだのは黒のパーカーとジャージ。
着替えが終わると玄関へ向かった。
玄関には、制服に着替えた美優が待っていた。
「じゃあ行くか」
「はい」
美優と一緒にマンションを出た。
今日は土曜なので授業はない。学校へ向かうのは剣道部との試合のためだ。
まだ試合までは時間の余裕があるので、ゆっくりと住宅街を歩く。
右腕にはいつものように美優がしがみついており、柔らかな胸が当たっている。
しばらく歩き、交差点に差し掛かったときだった。
赤信号にも拘わらず、幸介たちのいる車線とは反対側から小学生くらいの小さな女の子が歩いてきた。
とぼとぼと下を向いて歩く女の子は、何やら落ち込んでいるように見える。
そこへスピードに乗った赤い乗用車が走ってきた。どう見てもスピードを出し過ぎており、止まれそうにない。
「ちっ……!」
美優の腕から即座に離れ、女の子に向かって走る。
大きなブレーキ音が響いた。
「お兄ちゃん……!」
後ろから悲鳴にも似た美優の声が聞こえた。
車がぶつかる寸前に女の子を抱え、地面を強く蹴って飛び退く。
そして女の子を抱え込みながら地面を転がった。
車は接触することなく、通り過ぎて止まった。
「バカ野郎! 気を付けろ!」
運転手が大声で怒鳴ってきた。
めちゃくちゃな運転手だ。事故の犠牲者が出る前に記憶を消してやった方がいいかもしれない。
そのまま車は走り去ってしまった。
「痛って……」
女の子を傷付けないように自分の体で覆っていたので、地面に打ち付けた肩や背中が痛い。
女の子の無事を確認しようと腕の中を見ると、女の子はぼーっとこちらを見上げている。
「大丈夫か?」
「……うん」
女の子は頬を赤らめて頷く。
彼女が無事であることを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
「オッケー。じゃあ立てるか?」
抱きしめていた腕を開放してやると、女の子はゆっくりと立ち上がった。
「怪我はない?」
「うん。大丈夫」
幸介も立ち上がって彼女の足や腕を確認していくが、本当に怪我は無さそうだ。
「よし。大丈夫そうだな」
「うん。あの……お兄ちゃん、ありがとう」
彼女は笑顔でお礼を言った。
「ああ。ちゃんと気を付けろ」
「うん」
ピンクがかったショートの髪のまだ幼い女の子だ。小学三年生くらいだろう。
偶然だが、助けることが出来て本当に良かったと思う。
その後信号が切り替わり、美優が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、大丈夫ですか!?」
「ああ。ちょっと痛いけど」
「全く、無茶し過ぎです」
美優はぺたぺたと体を触ってくる。怒りながらも心配してくれているようだ。
女の子を見ると、頬を赤く染めてぼーっとこちらを見上げている。
「つーかお前、元気ないけどどうした? 迷子か?」
「えっ? ち、違うし! 迷子じゃないから!」
ムキになって否定する女の子。迷子だと思われるのは恥ずかしいのかもしれない。
「あ、違うの? じゃあ何か悩みごとか? お兄ちゃんに相談してみろ」
「お兄ちゃん誰?」
「俺はまあ、ただの高校生だ。ちなみに可愛い女の子の味方だ。可愛い女の子の悩みなら何でも聞いてやるぞ」
「何それ?」
女の子は幸介の顔を見ながらくすくすと笑った。素直に可愛いと思う。
「むぅ……」
隣に立つ美優が何やら膨れている。
「まさか小学生に嫉妬してるのか?」
「そ、そんなんじゃ……ないですけど」
「まあまあ。一番はお前だって」
「……それならいいです」
美優が頬を赤く染めながら言う。
「とりあえずそこの公園に行こう。体も痛いし座りたい」
「そうですね」
この近くには公園がある。ベンチなども置いてあるので、休憩がてら話すには丁度いい。
「お前も行くぞ」
手を出すと、女の子は「うん」と言って素直に手を掴んできた。
少し歩くとすぐに公園に着いた。
公園は大きいとは言えないが、滑り台やブランコ、ジャングルジムなどの遊具が一通り揃っており、端のほうには大き目の木製のベンチも置いてある。
そのベンチに三人が並ぶようにして腰かけた。幸介が真ん中で、右側に美優、左側に女の子だ。
「痛てて……」
段々とおさまってはきたが、まだ痛みが残っている。
先程から美優は幸介の身体を労わるように優しく摩ってくれている。
「あの……ごめんね。
「名前、玲菜ちゃんって言うのか」
「うん」
「気にすんな。可愛い女の子の味方だって言っただろ?」
「うん、ありがとう」
玲菜は頬を赤く染めて俯く。
「それよりどうした? 何か悩んでるなら話してみろ」
先程玲菜は下を向いて歩いており、落ち込んでいるように見えた。何か困ったことがあるのなら聞いておきたい。幸介が解決出来ることもあるかもしれない。
玲菜はゆっくりと話し始めた。
「えっとね、玲菜、街に買い物に行きたいの。でも、一人で買い物行くって言ったらお母さんが危ないからだめだって言うの」
玲菜は残念そうな表情で言う。
「そりゃお前みたいな小さい女の子が一人で街に行くって言ったらお母さんは心配するだろ。お母さんと一緒に行かないのか?」
「それはだめ。お母さんのプレゼントを買いに行くんだもん。今日はお母さんの誕生日だから」
「何……!?」
「お母さんの誕生日? それは一大事ですね!」
「えっ……うん」
幸介と美優が大袈裟な反応をすると、玲菜は少し戸惑う。
母親が心配するのもわかるが、プレゼントなので玲菜が内緒で買いたいのもわかる。
他の打開策を考えてみよう。
「じゃあお父さんとか、他に家族は?」
「お父さんはいつも忙しそうで、今日もお仕事みたいなの。それにいつも疲れてると思うから、家にいても頼めない」
「んー、まあ仕事でいないならしょうがないな」
「そうですね」
どうやら父親について来てもらうのは無理そうだ。
「あとはお姉ちゃんもいるんだけど、街に出るといつも知らない男の人に話しかけられてるの。お姉ちゃんが危ないから連れていきたくないの」
「お前、何て家族思いのいい子なんだ。俺はこんな娘が欲しい」
「私もです」
「ぷっ……何言ってんの?」
幸介と美優が本気で感動していると、玲菜に笑われてしまった。
「お母さんに何をプレゼントするかは決めてるの?」
「ううん、まだ決めてない」
「そうか。まあ、玲菜ちゃんがあげるものなら何でも喜んでくれると思うぞ」
「ほんと?」
「ああ。俺が玲菜ちゃんにプレゼントを貰うとしたら何でも嬉しいからな!」
「そ、そう」
幸介が力強く言うと、玲菜は引き気味に言葉をこぼした。
「ちなみにお母さんの好きなものって何?」
「んーっとね……甘いものとか、お花が好きかな。あと、最近は楽しそうにさやかちゃんのドラマ見てる」
「さやかちゃんのドラマ?」
「もしかして沙也加さんのことですかね?」
幸介はスマホに沙也加の写真を表示させて玲菜に見せる。
「この子か?」
「うん。お母さんはいつもテレビを見ながら、カッコいい〜って言ってる。玲菜もさやかちゃんのことが好きなの」
「……ふーん」
「沙也加さんの人気ってめちゃ幅広いんですね」
玲菜と彼女の母親が沙也加のファンなのだということが分かり、幸介はあることを思いついた。
「なあ、俺が一緒に買い物行ってやろうか?」
「ほんと!? 行きたい! ……けど、お母さんが知らない人に付いていったらだめって言ってた」
「そりゃそうか」
幸介は少し考える。
「よし。じゃあ俺たち今から剣道の試合があるんだけど、とりあえずそれを見に来るっていうのはどうだ? それで俺が勝ったら、玲菜ちゃん、俺とデートしてくれよ」
「なっ……?」
「えっ!? デート!?」
美優は驚愕し、玲菜は驚きつつもまんざらでもないような表情を見せた。デートに憧れでもあるのかもしれない。
「そうだ。俺とデートしよう。玲菜ちゃんのことは俺が守ってやる」
「ほんと? じゃあ、えっと、どうしよっかな……」
「ちょっと、お兄ちゃん……?」
美優がジト目で幸介を見る。冷たい視線が怖い。
「まあまあ。たまにはいいだろ」
「はあ……意味が全然わからないですけど。とりあえず静観しときます」
美優が一旦黙ったので、玲菜との話を進めることにする。
「玲菜ちゃん、すぐそこの倉科学園って知ってるか?」
「うん、知ってる。お姉ちゃんの学校だよ」
「そうなの? 俺もそこの生徒なんだよ。今からそこで試合なんだ」
「ふーん。じゃあ玲菜、試合見に行く! それで、お兄ちゃんが勝ったらデートするね」
「おー、マジ? じゃあ頑張っちゃおっかなー」
「うん、頑張って」
玲菜はにこっと笑顔でそう言った。
「よし。じゃあ行くぞ」
そう言って立ち上がる。
「あの……お兄ちゃん、試合出るんですか?」
美優も立ち上がると、不安そうに尋ねてきた。
幸介は試合には出ないつもりだったので、美優にもそう言ってあった。
「まあこうなった以上出るしかないな」
「どうしようもなかったみたいな言い方してますけど、そんな状況でした?」
「こうするしかなかったんだ。美優、わかってくれ」
「いや、特にそこまで納得出来ないわけではないんですけど……大丈夫ですか?」
「まあ、大丈夫だろ」
心配そうに尋ねる美優にそう答えた。
「ねえ、お兄ちゃん、名前は?」
玲菜も立ち上がって尋ねてきた。
「俺は幸介だ」
「こうすけ?」
「ああ。つーか、学校に行く前にちょっと電話してくるから待ってて」
「うん。わかった」
幸介は少し離れると、ポケットからスマホを取り出し、発信ボタンを押した。
『もしもし?』
「仕事中か?」
『大丈夫。午前はもう終わりだよー。もう少しで試合だよね?』
「ああ。今から向かうところだ」
『じゃあなるべく早く行くね』
「ちょっと待った。来る前に用意して欲しいものがあるんだけど」
『ん? 何?』
幸介は玲菜のことと、用意して欲しいものを説明した。
『マジ? 急だなー』
「わかってる。そこを何とか頼むよ」
『了解。何とかするね』
「サンキュ」
『はーい』
電話を切ると、二人のところへ戻る。
「よし。じゃあ行くか」
「うん」
幸介が歩き出すと、玲菜はとことことついてきた。
美優も後から付いてきて幸介の右腕を掴む。
「なあ、俺からも玲菜ちゃんとお母さんにプレゼントがあるんだ」
「えっ、ほんと? 何?」
「それは後のお楽しみだ」
「え〜! 何だろ」
にこにこと屈託のない笑顔で幸介を見上げる玲菜。
それは、『あいつ』の笑顔を思い出させた。
いつも明るくて、元気いっぱいで、にこにこと屈託のない表情で笑う『あいつ』。
本気でその笑顔を守ろうと思っていた。
そんな彼女を思い出させるこの少女のことも、また守ろうと思った。
例えばもしそれが、今後この少女に関わることが一切なかったとしてもだ。
幸介は美優の耳元に顔を近づけて言う。
「美優」
「はい」
「この子の顔を覚えろ」
「了解です」
目の前にいる相手を今後出来る限り守るための指示を出す。
「お兄ちゃんは小さい女の子には優しいですよね」
「当たり前だろうが」
「まあしょうがないですけど。小さい女の子ですし。それにしても……」
美優は玲菜を見ながら呟く。
「この子、どこかで見たような気がするんですよね……」
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