人気女優の先輩と完璧人間(3)

 普段は二人で昼休みを過ごしている夕菜と愛梨。それに加えて学園人気ナンバーワン男子の柴崎秋人に、現役女子高生女優の三年生、平峰沙也加。そして落ちこぼれクラスメイト、奥山幸介。


 集まっているメンバーがあまりに珍しく、クラスメイトたちの注目を集めていた。


 そこには秋人がいじられキャラになる、沙也加が姉のように叱る、普段は男子にはそっけない夕菜が照れるなど、日常では見ることのない彼らの表情があった。(幸介と愛梨はほぼ普段通りだった)



 弁当を食べながらお喋りを続けるうちに、いつの間にか夕菜たちの沙也加に対する態度も砕けたものになってきていた。


「そう言えば沙也加さん、『戦乱のラブレター』見てますよ。泣けるしめちゃ面白いです」


 夕菜が思い返しながら話を切り出す。


 母親が毎週欠かさず録画して見ている、この春から始まった新ドラマ『戦乱のラブレター』。ヒロインの女剣士を演じるのは平峰沙也加。


 夕菜も母親に影響されてとりあえず第一話を見てみたが、予想以上に面白く、毎週見るようになった。


「ほんとに? 嬉しいなー。私もいい話だなって思ってるの」

「ですよねー。私も見てます」


 沙也加が笑顔で答えると、愛梨も同意した。


「俺も見てるよ。沙也加さん出てるし」


 秋人は沙也加が出ているドラマはとりあえず見ているというふうな言い方だ。


「お前見てるの? 意外だな。秀才くんは普通ニュースしか見ないだろ」

「どんな偏見持ってんだ」


 幸介が嫌味も含めたように言うと、秋人は呆れたように突っ込む。


「幸介……君は見てないの?」


 夕菜はまだぎこちない呼び方で尋ねた。


「まあ、見てるわな」

「何だそりゃ」


 再び突っ込む秋人。

 そのやりとりが可笑しくて夕菜と愛梨が笑う。


「沙也加さん、やっぱり共演者と仲良くなったりするんですか?」


 芸能人の内部事情なので、愛梨も興味があるのだろう。


「んー、まあ仕事仲間だから仲良くなるよー」

「へー。草薙翼とも仲良いんですか?」


 再び愛梨が尋ねた。


 草薙翼は某有名グループに属するアイドルだ。幅広い年代の女子から絶大な人気がある。『戦乱のラブレター』では、主演を務めている。


「あー。あいつ仲良いっていうか、やたら口説いてくるのよねー」

「マジですか!?」


 沙也加が「はあ」と溜め息をつきながら答えると、愛梨は食い気味に訊き返す。


「うん。メールとか超しつこいし」

「えー、いいじゃないですか。カッコイイし」

「よくないよー。あいつめちゃくちゃ遊び人で有名じゃない?」

「それは聞いたことありますね」


 愛梨は何か噂を思い出したらしい。


 沙也加はポケットからスマホを取り出し、メールを再確認しながらうんざりとした表情を浮かべている。


 確かにイケメンでトップアイドルとなれば当たり前かもしれないが、草薙翼はかなり派手に遊んでいるという噂がある。


「沙也加、ちょっと携帯貸せ」

「あ、はい」


 幸介が不意に口を開くと、沙也加は素直に返事をしてスマホを渡した。


 幸介は沙也加のスマホを受け取り、ぽちぽちといじり始めた。


 どうやら草薙翼からのメールを確認しているらしい。


 彼は徐々に表情を歪めていった。


「こいつの連絡先はもう消せ。仕事場以外では関わらなくていい」

「はーい」


 幸介が沙也加にスマホを返すと、沙也加は笑顔で返事をして、受け取ったスマホをぽちぽちと操作する。


「消したよー」

「ああ」


 沙也加がスマホの画面を見せ、幸介は納得して頷く。


 そんな二人を見て、夕菜と愛梨は唖然となっていた。


 普通に考えれば、幸介が沙也加の交友関係に干渉するのはおかしいはず。仕事場の人間関係であればなおのことだ。


 さらに言うと沙也加は一学年先輩であり、芸能人であり、夕菜と愛梨にとっては敬うべき存在だ。


 その沙也加に幸介はほとんど命令だと言ってもいいほど一方的に要求し、沙也加は素直に従った。


 例えばもし二人が恋人同士であるのなら、嫉妬して束縛するといったこともあるのかもしれない。しかしそれは先程二人が否定していた。


 秋人はいつも通りといった様子で気にせずに弁当を食べていたが、夕菜たちの唖然とした表情に気付いて口を開く。


「あ、沙也加さん。さっき仕事が一段落ついたって言ってたけど、しばらく学校に来れるの?」


 彼は多分、話題を変えようとしたのだと思う。


「うん。ちょこちょこ休むとは思うけど、今までよりは全然来れるかな。っていうか、今まではマネージャーが仕事を入れ過ぎてたのもあるしね」

「ああ、あの人天然だからな」


 幸介も沙也加のマネージャーのことを知っているらしい。


「そうなんだ。よかったじゃん」

「うん。たまには学校も来たいからね」



 彼らの会話を聞いて、夕菜は沙也加が教室に入ってきたときのことを思い出した。


(そう言えば、何で沙也加さんは彼のお弁当を作ってきたんだろ……?)


 幸介は普段は美優が作った弁当を持ってきている。


 たまたまそれがないときに限って沙也加が弁当を作って来たのは、タイミングが良すぎる気がする。


 しばらくすると、幸介は弁当を食べ終えていた。


「ごちそうさま。美味かったよ」

「よかった。一生懸命作った甲斐があったよー」


 沙也加はまた笑顔を彼に向けた。


「ありがたや~。っていうか、お前が一生懸命作ってくれたことは食えばわかるよ。手抜きだととんでもないことになるからな」

「どういう意味よ!?」

「感謝してるという意味です」


 幸介がそう言うと、ぷんすかと口を尖らせた沙也加がにっこりと笑顔に戻る。


「まあいいや。幸介、食べ終わったんならちょっと屋上行ってみようよ」

「ん、そうだったな。行ってみよう」


 幸介はさっさと弁当を片付けて沙也加の弁当箱と一緒に鞄に入れると、その鞄を持って教室の入り口に向かった。


 沙也加も立ち上がり、笑顔で幸介の後について行く。


「あ、俺も俺も」


 秋人も二人について行こうと弁当の包みを持って立ち上がる。


「お前は来んな」

「だから何でだよ。俺は沙也加さんと話したいの」

「幸介、意地悪駄目よ」


 また秋人がいじられキャラのようになっている。


「あ、佐原さんと宮里さんはどうする?」


 秋人が振り向いて尋ねてきた。


 名前で呼ぶのは辞めたらしい。

 元々先程はノリで言っていただけなのかもしれない。普段の秋人からは見られないノリだと思う。


「私たちはいいわ。まだご飯食べてるし」

「そうだね」


 夕菜が何となく気を遣って秋人の誘いを断ると、愛梨もそれに同意した。


「了解。じゃ、またね」


 秋人は爽やかにそう言って、先を歩く二人について行った。


 三人が教室を出て行くと、途端にクラス中が騒然となった。


「ぐわー! 何なんだあれは!?」

「マジ信じらんねー!」

「ちくしょう。俺はあいつを見くびっていた」

「俺なんかめちゃくちゃファンだったのに」

「でも可愛かった……」


 男子たちの声がかなりうるさいが、ところどころ女子の声も聞こえる。


「奥山君と沙也加さんってほんとは恋人なんじゃないの?」

「何か沙也加さん、奥山君のこと好きっぽいじゃん」

「だよね。テレビ出てるときよりめちゃ笑顔だったし」

「芸能人だから内緒にしてるのかも」

「ていうか、実は柴崎君が彼氏なんじゃ……」

「めちゃくちゃありえる! でもそうだったらショック〜」

「何かあの二人の中にいると奥山君までカッコよく見えてきたんだけど」

「わかる!」

「っていうか、柴崎君、いつもと違うくなかった?」

「うん。いじられてて、何か可愛かった」

「そうそう! 仲良さそうで羨ましいー!」


 女子たちもそんな会話をしながら盛り上がっていた。



「何か、びっくりすることばっかりだったね」

「うん」


 愛梨が呟くと、夕菜は小さく頷く。


「っていうか、あの三人の仲の良さは異常じゃない?」

「うん。何か、本当に信頼し合ってる感じだったね」


 彼らは本当に仲が良さそうだった。女子たちが羨ましいと思うのもわかる。


「幸介君にこんな意外な人間関係があったなんて……あ、夕菜、負けないでね! 相手はあの沙也加さんだけど! あと美優ちゃんもいるけど!」

「あんた、完全に面白がってるわね」


 愛梨がガッツポーズを作って言うので、夕菜はうんざりしながら彼女を見る。


「あはは。まあ亮太がいなくてよかったわ。いたらめちゃくちゃうるさそうだし」

「ぷっ。確かに」


 あの親しげな三人を見れば、亮太も先程の男子たちと同様に大騒ぎすると思う。


 だから今まで幸介は彼らの関係を内緒にしていたのだと思うが、それを気軽に知らされたことに何となく違和感を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る