人気女優の先輩と完璧人間(2)

「あれ? 沙也加さんじゃん」


 またも教室の入り口から聞こえた声。

 同時に、「きゃ~!」と女子たちの黄色い声が上がった。


 そこに現れたのは二年A組の男子、柴崎秋人。

 明るい長めの髪に整った顔。容姿端麗だけでなく、成績は学年トップ。スポーツ万能で、現サッカー部のエース。誰にでも愛想よく話し人気者という完璧人間だ。


 彼は学年どころか学園人気ナンバーワン男子らしく、クラスの女子たちから黄色い声が上がるのも無理はない。


「あ、秋人君、久しぶりー」


 沙也加が秋人に向かって手を振ると、秋人はゆっくりと近付いてきた。


「何か騒がしいと思ったら、沙也加さん、学校来てたんだ」

「うん、仕事が一段落ついて休みになったんだよ」


 秋人の言うように教室だけでなく廊下も騒がしかったようだ。


 教室の入り口付近にも何やら見学者のような連中がわらわらと集まっている。しかし彼らもやはり愛梨が怖いのか、教室内には入って来ない。


「そっか。じゃあ俺も一緒にご飯食べていい? 久しぶりに沙也加さんと話したいし」


 またも平峰沙也加と親しげに話す人物が現れ、教室内の男子たちは唖然となっている。


 周りの女子たちは未だにきゃーきゃーと騒いでおり、「カッコいいねー」なんて声も聞こえる。


「イケメンは来んな」


 幸介が頬杖をついて横眼で秋人を見ながら、そんなことを言った。


「またあんたはすぐ秋人くんに意地悪言う」


 沙也加が「めっ」と叱る。


「いいじゃん。俺も沙也加さんと絡みたいんだよ。ってことで宮里さん、ここいいかな?」

「うん、全然いいけど……」


 愛梨が怪訝な表情を浮かべながら答える。

 秋人は「ありがとう」と言いながらそばにあった椅子に腰を下ろし、持っていた弁当を机に置いた。


 幸介と沙也加が並び、向かいに夕菜と愛梨、主賓席のような位置に秋人という位置どりだ。


「なんで通り掛かっただけのお前がちょうど弁当を持ってんの?」


 また意地悪な質問をする幸介。


「本当は屋上で食べようと思って、向かうところだったんだよ」

「一人で?」

「ああ。こっそり抜け出して来たからな。教室にいると女子が絡んでくるから落ちついて食べられないし」

「お前ふざけんなよマジで」

「幸介、さっきの男子たちと同じこと言ってるよー」

「あ、ほんとだ」


 確かに彼が沙也加と親しげに話していることに対して男子たちに言われていたセリフだ。


 彼も沙也加に指摘されて気付いたらしい。


「ていうか私、屋上なんて行ったことない」


 沙也加は不満げにそう言った。


「まあそもそもお前はあまり学校にも来てないからな。ちなみに俺も行ったことはない」


 幸介が彼女から受け取った弁当を広げながら言うと、それをフォローだと受け取ったのか、沙也加は嬉しそうに微笑む。


「じゃあ幸介、あとで行こうよ」

「ん、まあいいけど」

「あ、俺もー」

「お前はイケメンだから来んな」

「何だそりゃ。元々行こうとしてたのは俺なんだからいいじゃんー。ね、沙也加さん」

「幸介、秋人君に意地悪したら駄目よ」


 イケメン柴崎秋人に意地悪な幸介。そんな幸介を姉のように叱る沙也加という構図の三人。


 いつもは爽やかに話す完璧人間の秋人は、なぜか幸介には弱いという感じだ。


「あの……三人仲良さそうよね?」


 夕菜が控えめに尋ねる。

 彼らがどういう関係なのか気になった。


「俺と幸介と沙也加さんは、幼馴染みなんだよ」


 怪訝な表情で彼らを見る夕菜と愛梨の様子を秋人は察したらしく、そう教えてくれた。


「へー、意外ー」

「そうね。一緒にいるとこ見たことないし」


 愛梨が素直に感想を口にすると、夕菜も普段の幸介を思い出しながら言う。


 奥山幸介と平峰沙也加、柴崎秋人は、周りから見ると接点がない。


 学校にほとんど来ていない沙也加はもちろん、幸介と秋人が話しているところを夕菜は見たことがなかった。


 普段の幸介は自分の席でぼーっとしたり眠っていることが多く、たまに話しているのは亮太などクラスメイトの男子たちばかりだ。


 落ちこぼれの幸介と成績が学年トップの優等生である秋人とのイメージ格差も、意外である理由の一つだ。


「幸介は、弟みたいなものだよ」

「まあ、そうだな」


 沙也加がにこにこと笑顔で言うと、幸介は同意した。


 それを聞いて夕菜は何となく安堵した。



 五人で弁当を食べ始めた。


「幸介……どう?」

「ああ……美味いよ」


 沙也加が尋ねると、幸介はご飯を口に入れながら答えた。


「ほんと? よかった」

「お弁当、もしかして沙也加さんの手作りなんですか?」

「そうだよー」


 愛梨が尋ねると、沙也加がにこにこと笑顔で答えた。


 また離れたところから「まじか!」と男子たちの声が聞こえた。会話を聞いているらしい。


「いやー成長したな、沙也加」


 幸介が昔を思い返すように言うと、沙也加は「まあねー」と微笑む。


「ていうか、あんたはいつの間にこんな可愛い女の子たちと仲良くなったの?」

「えー、可愛いだなんてそんなー」


 沙也加の言葉を聞き、愛梨が照れ笑いを浮かべた。


「確かに。俺が来なかったらハーレム状態だったな」

「待て。お前が言うな。いつも女に囲まれてハーレムのような生活をしているくせに」


 秋人がご飯を口に運びながら言うと、幸介は箸を止めて反論した。


「あの……私、一緒にお昼ご飯を食べるのも初めてですよ」

「その通り。彼女たちは昼飯がない俺に優しくしてくれただけだ」


 幸介が夕菜に同意した。一応感謝を示してくれているのだと思う。


「ふーん。えっと……」

「あ、私、宮里愛梨っていいます。こっちは佐原夕菜です」


 沙也加が何か訊きたそうに夕菜を見ると、愛梨が沙也加の意図を汲み取ったらしい。


「愛梨ちゃんと夕菜ちゃんだね。っていうか愛梨ちゃん、さっき凄かったよね。一発で男子たちを黙らせたの」

「そうね。さすが愛梨」


 沙也加が感心したように言うので、夕菜も同意した。


「確かに、本当に凄かった。尊敬を込めて愛梨と呼ばせて頂く」

「いや、それ普通じゃん。どこが尊敬込めてんの?」


 幸介の適当なボケに愛梨が突っ込む。

 彼が愛梨を下の名前で呼んだことを、何となく羨ましいと思った。


「いや、言い方というか」

「わかんないって」


 またボケと突っ込みを繰り返す幸介と愛梨。以前から思っていたが、彼らは結構気が合うと思う。


「あの、じゃあ私も名前で……」


 そんな言葉が自然と出てきた。


「ん?」

「いや、何でもないわよ……」


 幸介が訊き返してきたが、動揺して思わずごまかした。


「幸介、佐原さんが自分も尊敬しろってさ」

「そ、そうか」

「違う……というか、違わないというか……」


 よくわからない返答をしてしまった。


 意味を理解した様子の幸介はいきなりキリッと真剣な表情を作って言う。


「じゃあ夕菜」

「は、はいっ!?」


 突然名前を呼ばれたので戸惑う。


「その卵焼き食べていい?」

「え? あ、どうぞ」

「サンキュー……(もぐもぐ)おー、うまい」

「そ、それはよかったです」

「ぷっ。あんた可愛過ぎ!」


 夕菜の態度を見て、愛梨が吹き出した。


「なっ、うるさいのよあんたは!」

「くくっ……いや、だって……」


 愛梨の楽しそうな笑顔が癪にさわって強く抗議したが、彼女は全く気にも留めずに笑っている。


「私も夕菜ちゃんって呼ぶね」

「あ、はい」

「じゃあ俺も夕菜って――」

「お前は駄目だ」


 また幸介が秋人に意地悪を言う。


「何でだよー。俺も夕菜って呼びたいんだって」

「お前はハーレム女子たちを名前で呼べばいいだろうが」

「それとこれとは話が違う! いいじゃん。俺も夕菜仲間に入れてくれよー」

「ぷっ。何それ?」


 泣きそうになりながら訴える秋人を見て、愛梨は再度吹き出す。


 幸介は喚く秋人を無視。


「じゃあ夕菜、俺も幸介でいいよ」

「えっ、うん。幸介……君?」


 呼び捨てには出来なかった。

 少し頬が熱い。


「あんた照れ過ぎだって! 可愛いなあ。もっかい言ってみて?」


 また愛梨は楽しそうに笑う。


「はぁ!? 何面白がってんの!?」

「だって面白いんだもん。っていうか私も名前で呼んでいい?」


 幸介は調子よく「おう」と答える。


「じゃあ幸くんがいいかなー。それか幸ちゃんっていうのも可愛いよね?」


 愛梨が笑顔でそう言った瞬間、沙也加と秋人の表情が一瞬硬直した。


「……幸ちゃんはやめてくれ」


 幸介は嫌そうに言う。


「じゃあ普通に幸介くんでいいか。ね、夕菜」

「わ、私は別に……」

「じゃあ俺も秋人で――」

「お前は駄目だ」

「だから何でだよ!」


 彼らの会話を聞いて、可笑しくなって笑ってしまった。


 普段はイケメンで爽やかな話し方をする秋人は幸介相手だと何故か弱くなり、いじられキャラのようになっている。


 普段の彼は取り繕ったものであり、幸介たちには気を許しているというふうにも見えた。

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