普段通りのこと

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 教室へ戻ってきた亮太が、クラスの男子たちに先程の出来事を聞いたようだ。驚愕の表情を浮かべている。


「おいっ! 愛梨! 昼休みの話本当なのか!?」

「うるさいわね。何のことよ?」


 亮太が目の前に詰め寄って来ると、愛梨はうんざりしながら訊き返す。


「とぼけてんじゃねえ! 平峰沙也加が幸介と幼馴染みで、弁当を作ってきたっていう話だよ!」

「ああ、まあ本当よ。ってかご飯一緒に食べたし」

「まじかよ! あいつそんなこと一言も……」

「そりゃあんたには言わないって」


 愛梨の言葉が納得出来たのか、「まあ、確かに」と亮太の勢いがおさまった。


「私もびっくりしたけど、何か色々あるんじゃない? 異常に仲良かったし」

「そんなに仲良いのか!? まさかただならぬ関係じゃないだろうな!?」


 再び詰め寄って来る亮太の剣幕がかなりウザい。


「知らないわよ! 本人に直接聞けばいいでしょ!?」

「それもそうだ。で、あいつらどこ行ったんだ?」

「屋上行くって言って出て行ったけど」

「よし。愛梨、行くぞ」


 亮太は愛梨に迫っていた上体をすっと起こす。


「は? 何で私まで」

「だって一人で行っても盛り上がらないし、俺一人だと事実を受け止められない可能性があるだろうが」

「何それ? アホくさ」


 そう言いながら頬杖をつく。


「いいから行くぞ。夕菜ちゃんも行こうぜ」

「えっ……!?」


 突然声を掛けられた夕菜が戸惑う。


「大丈夫! とりあえずちょっと覗くだけだから。詳しいことは後で聞くし」

「いや、でも覗くのは……」


 夕菜は拒否の姿勢を見せているが、多分彼のことなので気になっていると思う。


「仕方ないなあ。じゃあ夕菜、行ってみよっか」

「え、行くの?」


 愛梨が突然行く意思を示すと、夕菜はきょとんとなった。


「まあたまにはいいんじゃない? ちょっと面白そうだし」

「……うん。まあ、いいけど」


 夕菜も行く気になったようだ。


「よし、行くぞ」


 亮太が先頭に立って教室を出て行くので、愛梨と夕菜はそれに続く。


 教室を出て、廊下を突き当りまで小走りで向かい、階段を最上階まで上がった。



※※※



 夕菜たちは屋上の扉を少しだけ開け、そっと覗く。そして先に来ているはずの幸介たちの姿を探す。


 屋上は高いフェンスに囲まれており、一番左奥のフェンスのそばにはベンチが置かれている。


 そこに三人の姿があった。


「な、なにぃぃぃぃ!?」

「きゃ~!」


 亮太は驚愕し、愛梨が小さく悲鳴を上げる。


「……!」


 夕菜はその光景を見て、言葉を失った。


 ベンチには沙也加が腰かけており、地べたにあぐらをかいた秋人と楽しそうに話している。


 そして幸介は沙也加の太ももに頭を乗せて寝転がっており、沙也加は眠る幸介の頭を優しく撫でている。


「何あれ!? どう見ても恋人同士なんだけど! あの二人本当に付き合ってないの!?」

「う、羨まし過ぎる……」


 愛梨は彼らの関係を疑い、亮太からは心の声が漏れた。


「夕菜、これはかなりの強敵かも……」

「……! バ、バカ! 何言ってんの!?」


 夕菜は焦って抗議した。

 隣にいる亮太はベンチの三人に夢中で聞いていなかったらしく、夕菜はほっと胸を撫で下ろす。


「てか秋人君は何であんなに平然としてるわけ!?」


 愛梨は信じられないというように呟く。


 沙也加と幸介の姿は夕菜たちにとってはかなりの衝撃だったが、二人の目の前にいる秋人は気にも留めていないように見える。


「……きっと、あれが普段通りのことなんでしょうね」


 あまりに自然に過ごす彼らの様子を見て、夕菜はそう思った。


 しばらくのぞいていたが、そのまま秋人と沙也加は楽しそうにおしゃべりしており、幸介は寝転んで黙ったままだった。本当に眠っているのかもしれない。



 夕菜たちはそっと屋上を後にした。


 ゆっくりと階段を下りていると、亮太が口を開いた。


「愛梨、俺はさっきの話を聞いてもいまいち信じられなかったんだ。あの光景を見るまではな」

「あれはどう見ても恋人にしか見えないわね」

「まじかよ!? やっぱりそうなのか!?」

「いや、さっきは違うって言ってたけど!」


 食ってかかる亮太の剣幕が凄く、愛梨は思わず否定した。


「でも、何でもないのにあんなにべったりする……?」

「いや、沙也加さん、幸介君のことは弟みたいなものって言ってたじゃん。弟なら膝枕することも……あるんじゃない?」


 夕菜が尋ねると、愛梨が必死でフォローしてきた。しかし言いながら苦しいと思ったのか、後半になると言い淀んだ。


「どっちにしろ羨ましいがな……」

「あんたは黙ってて!」


 亮太が切ない目で遠くを見ながら言うと、愛梨は目くじらを立てながら言い放った。



 教室へ戻ってしばらくすると、午後の授業が始まった。




 幸介は昼休みが終わると帰ってしまったのか、教室には戻って来なかった。


 屋上へ向かうときに彼が鞄を持って教室を出て行ったのはそのためだろう。


 授業が始まってからも、幸介たちのことが頭から離れなかった。


 特に気になるのは沙也加のことだ。

 彼女と幸介はまるで恋人同士のように見えた。


 それは彼ら自身が否定していたし、姉弟のようなものだと言っていた。


 しかし教室での二人の会話や屋上での光景を思い出すと、それだけなのかと疑う気持ちが出てくる。


 それに、幸介のほぼ命令と言えるような要求に沙也加が素直に従ったことにも驚いた。


 人間関係を断たせるような要求をされたにも拘らず、沙也加は幸介に一切の反発心もないようだった。


 草薙翼は一応彼女の仕事仲間だ。その関係を切るのは、普通は少なからず抵抗があると思う。



 そもそも彼らの関係を周囲に知られると、注目を集めたり、昼休みの男子たちのように騒がれるのは当然だと思う。


 それは避けたいものなのではないかと思うが、彼らはそんなことはどうでもいいかのように過ごしていた。周りの生徒のことなど、まるで気にしていなかった。


 それは先程夕菜が感じた違和感の一つ。


 教室で彼らの関係を知り、屋上で過ごす彼らを見て、彼の秘密を知ってしまったかのような錯覚を起こしていた。


 しかしそれは秘密ではないかもしれない。いや、正しくは秘密ですらないのかもしれない。そんな突拍子もない考えが浮かぶ。


 そして愛梨が彼の名前を呼んだときの他の二人の表情も、何となく引っかかった。

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