美少女の妹

 授業が終わった。四限目の後は昼休みだ。


 藤本先生が職員室へ戻って行くのを確認して、教室へ入る。そして窓際の自席に腰を下ろした。


「何やってんのお前、毎度毎度」


 亮太が呆れたような顔で近付いてきた。


 彼は茶髪にピアスといったいかにもチャラそうな見た目の男子生徒だ。気さくな性格で学園内にも友人が多いらしく、幸介とも比較的仲の良いクラスメイトだ。


「いやーまいったよ。まさか今どき廊下に立たされるとはな」

「お前が自分から言ったんだろが。てか結構いつものことだから全然まさかとかじゃないけどな」

「どうやら教師共は寝たフリをしつつ授業を聞くという俺の勉強方法をわかっていないらしいな」

「寝たフリをする意味って何なの? そもそもお前の場合寝たフリとかじゃないけど」


 亮太は訝しげに顔を顰めた。


「いや、勉強してないフリをして油断させといて、テストで頑張るみたいなやつがよくいるだろ? あれだよあれ」

「お前別にテストで頑張らないだろ。あと誰もお前なんか警戒してないから」

「む……うるせー。人のこと言えるか。いつも平均点くらいのくせに」

「お前よりいいだろが。この万年赤点野郎が」

「甘いな。俺はいつも赤点はぎりぎり免れている」


 幸介が得意げに言うと、亮太はまた呆れたような表情になった。


 亮太は普段から何かと絡んで来る。クラスメイトの中では一番話す相手だ。見た目はチャラそうだが悪い奴ではないので、幸介は嫌いではない。



 すでに昼休みに入っているため、周りの生徒たちは昼食を取ろうと動き始めていた。教室で友人と弁当を広げる者、購買にパンを買いに行く者、食堂に行く者などそれぞれだ。


 幸介は弁当派だ。大体は弁当を持って来ており、教室で食べている。


 机の脇に掛けてある鞄から弁当を取り出していると、「お兄ちゃーん」と自分を呼ぶ声が聞こえた。


 教室後方の出入り口へと目を移すと、妹の美優がこちらへ手を振っていた。


 ストレートのセミロングの黒髪、小柄で顔は幼いが整っていて、アイドルグループにいそうな容姿の美少女だ。ベージュのブレザーに灰色が主体のチェック柄のスカートという、この学園の制服姿がとても似合っている。


 幸介が小さく手を振り返すと、美優はたたたっとかけ寄ってきた。その手には弁当の包みを持っている。


「美優、また来たのか」

「はい!」


 美優は今年入学した一年生だが、ちょくちょくこの教室で昼休みを過ごしている。


 最初はクラスメイトたちも戸惑ったり騒ぎたてていたが、一か月も経つとすでに見慣れた光景になっており、騒ぐ者もいなくなっていた。


「おっす美優ちゃん」

「あ、亮太さん。どうもです」


 亮太が笑顔で声を掛けると、美優は笑顔で答える。


「今日も可愛いね」

「えへへ~、ありがとうございます。亮太さんも顔だけはまあまあイケメンな可能性もありますよ」

「何なの? その微妙な言い回しは」

「騙されてくれる女の子も世の中にはいると思います」

「うーん。何かあんまり嬉しくないな」


 美優に微妙な褒め方をされた亮太は、納得出来ないというように顔を顰めた。


「ぷっ」


 二人の会話を聞いていたらしく、近くにいた女子が噴き出した。


「おい愛梨。今笑ったのお前だな!?」

「うん、そうだけど?」


 亮太がムッとした表情で睨むと、愛梨は平然と答える。


 愛梨は肩までの茶髪に豊満な胸、気の強そうな顔立ちの女子生徒だ。


 彼女は亮太とは中学からの同級生らしく、何かと口喧嘩をしていることが多いが、クラスメイトたちからは実は仲が良いのではないかと思われている。


「ばかにしてんのか?」

「してるよ。悪い?」

「悪いわ! ちなみに美優ちゃんならどんなことでも許すけどな!」

「は? 何美優ちゃんヒイキしてんの?」

「あ? 美優ちゃんは可愛過ぎるからいいんだよ!」


 火花を散らして言い争いを始めた亮太と愛梨。


 幸介は言い争う二人から目を逸らしながら、弁当の包みを開いた。二人の口喧嘩はいつものことなので、関わるのが面倒臭いのだ。


「美優、夫婦喧嘩はほっといて飯食おうぜ」

「そうですね。いつものことなので私も若干見飽きましたし」

「「誰が夫婦だ!」」


 亮太と愛梨は声を揃えて反論した。


「おおう……びっくりした。つーか息ぴったり過ぎてうざいんだけど」


 幸介は頬杖をつき、さもうんざりというように二人を半眼で見る。


 美優は「ですよねー」と言いながら、空いていた隣の机を近づけ、腰を下ろした。


「はあ。もういいや。バカはほっといてご飯食べよ」


 面倒臭くなったらしく、愛梨は溜め息をついて口喧嘩を中断し、幸介たちから離れて行く。その途中、近くに座っていた女子生徒に声を掛けた。


「夕菜、あっちいこ」

「えっ……うん」


 彼女は愛梨がいつも一緒にいる女子だ。ピンクがかった髪を胸のあたりで左右とも結んでいる。


 夕菜は幸介の方をちらちらと気にしながら立ち上がると、離れていく愛梨の後について行った。


「けっ、まあいいや」


 亮太は前の席の椅子を引いて幸介の向かい側に座ると、弁当を置き、こちらへと笑顔を向ける。


「さ、美優ちゃん、あとお兄様、ご飯食べようぜ」

「お前のお兄様じゃねえし」

「美優ちゃんを僕にください」


 亮太はぺこりと頭を下げた。


「美優はお前なんぞにやらん」

「そうですよ。私はお兄ちゃんのものです」

「そうそう。美優は俺のものだ」


 右隣にいる妹の頭を「よしよし」と撫でると、美優は頬を赤く染めて「きゃ~」と喜んだ。


「くそっ、何て邪魔なお兄様だ」

「お兄様と呼ぶな」


 妹の頭を撫でながら言い返すと、亮太はつまらなさそうに頬杖をついた。


「ちっ。何でお前みたいにアホな落ちこぼれが、こんなに可愛くて優等生の美優ちゃんの兄貴なんだよ。納得いかねー」

「亮太さんごときがお兄ちゃんをアホ呼ばわりするのはやめてください。怒りますよ?」

「ごっ……ごとき?」


 今まで頬を赤く染めて喜んでいた美優が突如表情を無くして言うと、亮太が戸惑う。


「おー、何て可愛い妹なんだ」


 また美優の頭をなでる。


「えへへ~」

「くっ……」


 亮太が歯がみしながら睨んできた。


 美優の頭を適当に撫で終えて手を離すと、同時に美優の緩んだ顔が再び澄ましたものに変わった。


「っていうか、落ちこぼれのお兄ちゃんの妹である私が優秀でも、別にありえるじゃないですか。実の兄妹じゃないんですから」

「いや、お前もその言い方はどうなの?」


 容赦のない言い草をする義妹を、幸介はげんなりとした表情で見る。


「なので、私はお兄ちゃんと恋人にもなれますし、結婚も出来るということです。お兄ちゃん、結婚しましょう」

「あぁ、そうするか」


 美優がにこっと笑顔を向けてきたので、幸介は微笑み返す。


「つーか、それがさらに納得出来ないんだけど?」


 実の兄妹でなければ恋人にもなれるし結婚も出来る。そして、落ちこぼれの兄と優秀で美少女の妹は誰から見ても相思相愛なのだ。


 亮太はそんな非現実な展開が納得出来ないらしい。もちろん嫉妬と羨望の感情が含まれている。


「亮太さん、それは何度も聞きましたが、いい加減黙ってください。大体、あなたが納得しようがしまいがどうでもいいんです」

「美優ちゃん~! さすがに酷くねえ!? いや、確かにその通りなんだけど!」


 美優の冷たい言葉を聞き、亮太は泣きそうになりながら訴えた。


 少し離れた席で弁当を食べていた愛梨にもそんな会話が聞こえたらしく、彼女はお腹を抱えて笑っていた。



 幸介の義妹である美優はアイドルのような美少女として噂になる程だが、頭も良い。


 入学試験をトップの成績で倉科学園高校に入学。入学式では新入生代表の挨拶をしていた。


 壇上に上がった彼女を見て、新入生だけでなく、上級生たちも騒めいていた。


 入学式の翌日、昼休みに「お兄ちゃーん」と幸介を呼びながら教室に入ってきた美優を見てクラスメイトたちは騒然となったが、すぐに兄のことが大好きなブラコンの妹として認知され、優等生美少女という近づきにくいイメージも崩れた。


 幸介のことを「お兄さん」と呼ぶ男子も続出したが、幸介は「お兄さんと呼ぶな」と、彼らを一蹴した。


 その後、美優が義妹であることがクラスメイトたちに知れ渡り、同時に二人の相思相愛ぶりが男女のものであると認識され、男子たちから嫉妬と羨望の視線を浴びることとなった。



「じゃあお兄ちゃん、そろそろ行きますね」

「おう」


 昼休みが終わりに近付くと、美優は笑顔で手を振りながら教室を出ていった。

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