第34話 令和元年5月4日(土)「買い物」
「ねえねえ、彩花、これなんてどう?」
美咲がわたしの前に可愛らしいミントグリーンのブラウスを差し出す。上品すぎてわたしには似合わないかもと思ったけど、「いいね」と言って受け取る。美咲はすぐに「綾乃にはこれかな~」とわたしから離れて行った。わたしの目はそれを追い掛けていた。
「似合ってるよ」
ブラウスを試着して見せると美咲が笑顔でそう言った。わたしも喜んでみせる。ブラウス一枚にこの値段は中学生のわたしのお小遣いでは厳しいんだけど。美咲が綾乃に話し掛けているのを見ながらこっそりとため息を吐く。
「優奈来なくて正解だったかな」
「あの子、雨嫌いだもんね」
美咲が試着している間、わたしは綾乃に話し掛けた。普段4人のグループだけど、今日は優奈を除く3人で横浜まで買い物に来ている。優奈は、美咲には秘密にしている彼氏とデートなんじゃないかな。
「どう? どう?」
試着室のカーテンが開き、自信に満ちた顔つきの美咲が姿を見せる。自分の可愛らしさをよく分かっていて、それをアピールするのも上手い。連休中ということでいつもより気合いの入ったゆるふわパーマもよく似合っている。
「読モになったら人気出そう」
わたしの感想を当然とばかりに美咲は聞いている。でも、それはお世辞じゃない。うちのクラスには日々木さんという反則級の美少女がいるけど、彼女を別にすればおそらく学年でも1、2を争うような存在だ。わたしと美咲は小1の時からの友だちで、別のクラスになったこともあるけど、今もこうして仲良くしている。美咲や優奈のような可愛い子と一緒にいるのは場違いなように感じることもあるけど、誇らしくもあった。
「親が反対してるからしょうがないよ」
軽い感じで美咲が答えた。以前、優奈が勝手に応募したことがあって、採用の通知が来たものの親の反対で実現しなかった。美咲本人はそれほど残念に思っていないようで、むしろ優奈の方が悔しがっていた。
優奈は1年の時に美咲と同じクラスになり一気に仲良くなった子だ。美咲は親友なんて言っているが、優奈は彼氏のことを隠していたり、美咲を利用しているだけのようにも見える。ちょっと遊んでいる感じがする子で、陰で色々キツいことを平気で言うのでわたしは苦手。
綾乃が「どっかで休まない?」と提案した。確かに、ちょっと疲れたかな。美咲が「じゃあ、アイス食べよう」と言った。これは提案ではなく決定事項。今日は暑いから反対する理由はない。
綾乃はマイペースな子で飄々としている。今日はシックな色合いの私服で彼女によく似合っている。口数は多くないけど、聞き上手でついつい喋りすぎてしまう。この3人でいると、美咲が綾乃にずっと話し掛けて、わたしがふたりの後を付いていく構図になることが多い。
お店は女の子たちで混雑していた。美咲と綾乃はパパッと決めてサッと買ってしまう。わたしは何にするか迷い、決めてからも店員さんに声を掛けるタイミングを逃して時間が掛かってしまった。やっと買えて店先から出た時には、もう美咲はほとんど食べ終わっていた。
「一口ちょうだいね」
わたしがまだ口を付けていないアイスを美咲が囓る。わたしも美咲の分を一口欲しかったけど、それを言うより早く自分のアイスを食べ切ってしまった。「アイスは早く食べないと溶けちゃうから」と笑うが、綾乃はまだ半分しか食べていない。美咲が楽しそうだからいいかとわたしは苦笑する。
「連休、もうすぐ終わっちゃうね」
美咲が呟いた。4人で遊びにいったりもしたけど、あっという間だった。「まだ、どこか行く?」と訊くと、腕を組んで考え込む美咲。
「明日はパパとママとお出掛けだしね……。それに、宿題が……」
宿題という言葉にわたしもウッと顔をしかめる。まだ半分くらいしかできてないよ。
「綾乃は終わった?」
美咲はわたしの顔を見た後に綾乃に訊いた。綾乃はこくりと頷いた。
「綾乃様、お願い、写させて!」
美咲が綾乃に手を合わせ拝み始める。わたしも美咲と同じように拝む。今度は綾乃が顔をしかめる。
「じゃあ、明後日うちで勉強会ね。優奈も誘って」
美咲は綾乃の返事を待たずにそう宣言した。相変わらずの美咲。わたしと綾乃は顔を見合わせて笑った。
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