第32話 令和元年5月2日(木)「美術館」

 今日は黎さんと東京の美術館まで行ってきた。


 ゴールデンウィーク序盤にあった即売会は盛況だったらしく、「すみれちゃんの絵も評判良かったよ」とご機嫌で伝えてくれた。そして、「2日、空けといてね」と言われた。一緒に美術館に行きたいという願いを叶えてくれると聞いて、あたしは舞い上がった。


「本当は、行きたいところがあるか聞くべきだけど、今回は私の希望でごめんね」


 黎さんは最近中東や西アジアの装飾にハマっているそうだ。そのためわざわざ東京までの遠征となった。あいにくの雨模様のせいか都内に向かう電車はほどほどの混雑具合。やはり家族連れが多い。乗り換えもあって片道1時間ほどの道のりだが、黎さんと一緒だと全然気にならない。マンガやアニメだけでなく、美術にも造詣が深く、興味をかき立てられる話ばかりだ。


 美術館では黎さんの目当ての装飾品の展示よりも、西洋絵画に惹かれた。同人誌の依頼が済んでから、あたしは人物デッサンばかり描いている。日々木さんと日野さん。どちらも美人というくくりだけど、対照的な存在でもある。西洋の妖精や人形のイメージが強い日々木さんは白い肌と長い髪、そして笑顔が特徴。一方、和の印象の強い日野さんはショートの黒髪と姿勢の良さ、凛とした佇まいが特徴。日々木さんが休むことが多かったため、ツーショットを見る機会は少なかったけど、このふたりはあたしの創造意欲を湧き立たせた。


 一流の西洋絵画を眺めながらも、頭の片隅ではあのふたりをどんな風に描けばいいだろうなんて考えてしまう。あたしの今の画力では十分に描き切れないと分かっていても、あのふたりの魅力をキャンバスに刻みたい。


 併設のカフェでお互いに感想を述べ合った後、「今、なにか描きたいもの、ある?」と黎さんに質問された。


「クラスメイトに、とても印象的な子がふたりいて、その子たちを描きたいなって……」


「女の子?」


 あたしが頷くと、「百合か……。最近需要高まってるよね」と笑う。マンガとか、ましてや18禁は考えてないんですけど。


「油彩で描いてみたいんですけど……」


「モデル、頼んでみたら?」


「モデルですか」


 黎さんはうんうんと二回頷くと、「どうせならヌードモデル」ととんでもないことを言い出した。冗談と分かっていても慌ててしまう。


 でも、その瞬間イメージしてしまった。ふたりの裸婦像を。いろんな意味で、こんなの無理って分かっていても、あたしは頭の中からそのイメージを消すことはできなかった。

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