第27話 平成31年4月27日(土)「日野さんのノート」
教師になって3年目。それなりに教師らしくなったと自分では思っているけど、想定外の事態はよく起きる。昨日の昼休みに日野さんのノートを見た時もどうしたものかと頭を抱えてしまった。
日野さんのノートは試験を想定した作りになっていた。他の科目のノートも見たが、教師のポイントの強調の仕方から想定した問題文まで書かれていて、理解の助けというレベルを越えている。
国語は他の科目よりも暗記要素が少ない。そのため問題作りも大変だ。昨年度から定期テストの問題作成を任されているが、同じ国語教諭の田村先生にかなり直してもらっていた。今年度は昨年度以上に力を入れて取り組んでいて、これまでテストで出す問題を前提に授業を進めてきた。その問題がそっくりそのままノートに記されていた。
例えば、教科書に出て来た副詞を使って例文を作る問題がある。当然、授業中に例文を作って説明しておく。ちゃんと聞いていればテストで正解できる。ノートには例文作成問題になるだろうと記され、例文や注意点が記載されている。
更に、正解者を絞るための難問として、作者の意図を書く設問を準備していたが、それも模範解答付きでノートに書かれている。ひっかけ問題や授業でほとんど触れていない部分を扱う問題は定期テストに相応しいと思わないので、このまま正攻法で問題を作るしかないだろう。
私だって学生時分にテストでは作成者の意図を察することが解くコツだと分かっていた。しかし、中学生でここまで教師の意図を汲み取れるものなのか。私が読み取りやすい授業をしてしまったのは間違いないのだろうが……。
このノートを丸暗記すれば、ここまでの範囲に限ればほぼ満点を取れそうだ。それはまだ良い。問題はこのノートのコピーが出回り、見た人と見ていない人でかなりの有利不利が出そうだということだった。
日々木さんに断ってノートのコピーを取らせてもらった。放課後、小野田先生に意見を聞くためにそれを見せた。
「よくできたノートですね」
5冊分のコピーを見てから小野田先生が言った。
「どうしたらよいでしょうか。連休中にこれを使って勉強した生徒がかなり有利になってしまいそうですが……」
「真面目に勉強した生徒が良い点を取ることは問題ないでしょう。ただ、このノートを見ることなく試験を受ける生徒はかなり不利になりますね」
「ですよね……」
まさかこのノートを生徒たちに配る訳にもいかないだろう。なんらかのフォローが必要だとは思うものの良いアイディアが浮かばない。
「連休が明けたら、日野さんと日々木さんに頑張ってもらうしかないですね」
「生徒任せにするんですか?」
「藤原先生、サポートをお願いします」
「……はぁ」
サポートと言われても、どうすればいいか分からない。
「あのふたりなら大丈夫でしょう」
小野田先生はコピーの束を私に返しながら、「2年生の5教科担当の先生方とは情報を共有しておきたいですね」と私に言った。
受け取った私は意図が分からず、首を傾げる。「明日から連休です」と言いながら小野田先生は眼鏡越しに視線を職員室の片隅へ向ける。そこにはコピー機が置かれていた。……私がコピーして先生方に配るということですね、今日中に。
私は急ぎコピー機へと向かった。
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