第25話 平成31年4月25日(木)「日々木さんのいない教室」
昨日の水曜日。4限の授業が終わった後、早退して大学病院に行った。毎月一回行っている検査だ。
引っ越して来てから4回目だけど、毎回タクシーを利用している。交通に不慣れな上、人混みが苦手なので、無駄遣いと思いつつも使ってしまう。高校生になれば電車通学になるはずなので、慣れていかないととは思っているのだけど。
新年度になったことで担当の医師が替わった。30代くらいの女性の先生で、会っていきなり注意事項をずらずらと並べ始めた。昨日今日この体質になった訳ではないので、すべてよく知っている話だ。今後のことについても「改善は期待できないけど」「一応この検査もしておきましょうか」などの言葉があり、頭は良いけどデリカシーに欠けるという印象を持った。
子どもの頃から様々な医者に看てもらったので、いちいち気にしてはいられない。とはいえ、ただでさえ肉体的にも精神的にもきつい検査を行い、更に初対面の医師とのやり取りまで加わって、終わった時にはかなりの疲労を感じていた。
病院に行って体調を崩すというのも本末転倒だが、実際にはよくあることだ。今朝は無理をせずに、朝の稽古は休んだ。学校を休むかどうか悩んだが、天気予報を見ると金曜日に寒気が到来するということなので、今日出席して明日休む方向で心づもりした。
日々木さんは今日も休みだ。久しぶりの出席となった月曜日につい重い話をしてしまった。彼女の気を引くという意味では成功だったかもしれないが、もう少し段階的に親しくなることを考えていただけに、あれは完全にフライングだった。その軌道修正を図ろうと思っていたら、火曜日から忌引きで日々木さんは欠席を続けている。先生からは明日には戻れるんじゃないかと聞いた。明日休みたくはないのだけど、今の体調だと厳しいだろう。
10連休という長期休暇が目前に迫り、教室の中は賑わいでいた。10連休は長すぎるよなあというのが私の本音だ。28日にある地元の空手大会への出場以外は特に予定はない。一緒に遊びに行くような相手もいない。日々木さんの顔が浮かぶけど、ゴールデンウィーク前に会うことも叶いそうにない。連休前にもう少し親しくなる予定だったのに、ここまで予期せぬ展開になるとは思っていなかった。
帰り際に高木さんに声を掛けた。
「どうしたんですか、日野さん」
相変わらず、高木さんは私に対して敬語を使う。何度かタメで話してと言ったが、変える気はないようなのでもう諦めている。
「ちょっといいかな。私、明日休む可能性が高いので、このノートを日々木さんに渡して欲しいの」
机の上の5冊のノートを手に取り、高木さんに渡す。受け取った高木さんが「見ていいですか」と聞くので「もちろん」と答える。
「うわあ、すごい!」
思わぬ大声に、私は手をこめかみに当てた。なんとかため息をつくのは我慢したが、教室に残っていた生徒たちが集まってくるのを見て、この先の展開に頭を抱えたい思いだった。
凄い凄いを連発する高木さんに、他の生徒たちもノートを覗き込み、「なにこれ!」「こっちもすごい」と騒ぎ出す。日々木さんに見せることを目的にしたノートで、日々木さんの学力が正確には分からなかったのでかなり丁寧にこれまでの授業内容を記している。
「これ、コピーしていい?」
タメ口になった高木さんに問われ頷くと、「私も」「俺も」とみなが口々に言い出した。「これで中間試験は勝つる」と喜んでいる高木さんに、「コピー代もらって欲しい人の分コピーしてあげて」と丸投げする。
「え!」と言って固まる高木さんだけど、自業自得だ。
「お願いね」
「ううう……分かりました」
「あと、明日も日々木さんがお休みだったら、安藤さんにそのノートお願いしてもらえるかな」
私は高木さんが頷くのを見て、教室を出た。疲れたな。そう呟いて、私は廊下を歩き始めた。
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