第24話 平成31年4月24日(水)「札幌」

 札幌に着いたのは昨日の昼過ぎだった。どんよりとした曇り空。昼間なのに肌寒く感じる。ヒナの分の上着も持ってきて良かった。お祖父ちゃんの家では、宣子叔母さんが出迎えてくれた。私は神妙な面持ちでお父さんと宣子叔母さんの会話を聞く。普段のやり取りとはまったく違うかしこまった挨拶に、これからの数日が日常とは異なるものになるんだなと実感した。


 大人同士の挨拶が一通り済むと、お父さんに言われてヒナの元に向かった。ヒナは従妹の香波ちゃん、桂夏ちゃんと一緒にいた。三人揃って気持ちが沈んでいる。当然のことではある。香波ちゃんたちはお祖母ちゃんと同じ札幌に住み、頻繁に行き来していた。数年に一度しか会わない私とは違い、身近な家族が亡くなったのだから。ヒナは周囲の人の気持ちを察する能力が高い。それだけに、周りと同調してしまいやすい。ここは私の役目。私は気合いを入れて、年下の子たちに呼びかけた。


「久しぶりね、香波ちゃん、桂夏ちゃん。元気だった?」


 反応は鈍い。それでも、明るい声で話し掛け続けた。ヒナが私の意図を察して手伝ってくれるようになると、従妹たちも徐々に笑顔を見せるようになった。最近の出来事を話してもらう。その中にはお祖母ちゃんとの思い出もあった。それでも、暗くならないように私は声を掛け、話を聞いた。


 夕食後、私とヒナが相部屋になった。ふたりきりになると、ヒナは私にしがみついてきた。泣いてはいない。私が抱きしめると、ヒナは少しずつ落ち着いた。そして、猛烈に喋りはじめた。今まで溜め込んだ思いをすべて吐き出すように。


 札幌に着くまでのお母さんの様子。病室で見たお祖母ちゃんのこと。


「お母さん、ほとんど寝てないと思う。それなのに、今日は忙しそうに動き回っていて心配」


「うん」


「叔父さんは、お母さんが辛い気持ちを紛らわせるために、そうしているんじゃないかって言ってた」


「そっか」


 尚も心配するヒナに私は「今はお父さんが側にいるから大丈夫だよ」と言ってあげた。

 

「それに、ヒナはよく頑張ったよ。よくやったよ」


「ありがとう、お姉ちゃん」




 今日はお祖母ちゃんの通夜。明日が告別式。ゴールデンウィーク前にということで、慌ただしいスケジュールになった。お祖父ちゃんは自治会長をしていて顔が広い。お祖母ちゃんも長年パートで働いていたので顔見知りが多いそうだ。今日は朝から来客が多く、バタバタしている。ヒナは人の顔を覚えるのが得意でよく気が付くから、来客の応対の手伝いをしている。私には到底できない。私は今日も従妹たちの面倒を見る。


 私ができることと言えば、他は料理くらいだ。手伝うことも考えたけど、馴染みのないキッチンではかえって足手まといになりそうだった。近所の人なども来ていて手も足りているようなので、無理はしない。


 午後になると私と面識のない親戚の人たちも続々とやって来る。子供連れも多く、その子供たちを預かるのも私の役目となった。香波ちゃんたちと仲の良い子は一緒に遊んでいるのを見守ればいいが、そうでない子も結構いてその相手に苦労した。


 気が付けば夕方で、私は急いで着替えに向かう。既にヒナは制服に着替えて通夜の行われる会場へ行った。私も制服のブレザーに袖を通す。部屋を出たところで宣子叔母さんと会った。


「華菜ちゃん、今日もありがとうね。子どもたちの相手は大変だったでしょう」


「いえ、私ができることなんて、これくらいなんで」


 私は軽い気持ちでそう言った。それなのに宣子叔母さんは思い詰めたような表情で私を見ている。


「私もね、お姉ちゃん、あなたたちのお母さんが何でもできる人だったから……」


 宣子叔母さんはそこで一度大きく息を吐いた。


「比べられるのはいいのよ。妹だから大目に見られたし。でも、自分の中ではね、お姉ちゃんのようにできないことが悔しくってね」


 私は初めて聞く話に、宣子叔母さんを見つめることしかできない。


「今なら、お互いに補っていけば良かったって分かる。でもねえ、当時は結構張り合ってたわ」


 そう言って笑うと、私の背中をパンと平手で叩いた。


「あなたは良くやってるわよ。自信持ちなさい」

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