第21話 平成31年4月21日(日)「同人誌活動」
あたしはパソコンのモニターを見つめながら、ペンタブレットで絵を描く。モニターもペンタブレットも見る人が見れば中学生には分不相応だと気付くだろう。デスクトップパソコンは巨大で、女の子の部屋にそぐわない。
あたしん家は普通の4人家族で、両親共働き、決して裕福ではない。あたしと弟のお小遣いなんてたかがしれている。そんなあたしがなぜ高価な道具を持っているのかというと、これがあたしのお仕事だからだ。
もちろん、正式なものじゃない。バイトとも呼べない。あくまでも叔母のお手伝いという建前。叔母はお母さんの妹で、同人大手の主催をしている。OLが本業だが、副業の方が数倍稼いでいると笑っていた。昔は姉妹で活動していたそうで、あたしが絵を描くようになったのもふたりの影響が大きい。
小学生の高学年の頃にはマンガの手伝いをしていた。叔母である黎さんのところは基本18禁(男性向け・女性向けの両方)なので、遊びに行くとそういう絵も目に入ってしまう。手伝いも最初は絵の勉強と称して普通の絵を描いていたが、締め切り間際の修羅場の手伝いをするうちになし崩し的に18禁の絵も描くようになった。
中学生になった時に、黎さんがこのパソコン一式を買ってくれた。それからは本を出すたびに大量の作画の依頼を受けた。あたしがそれを断らないのは、パソコンのお礼や絵の勉強というだけでなく、もっと切実な理由があるからだ。
あたしはこうしたマンガやイラストだけでなく、油絵など本格的な絵を描くのが好きだ。将来はそういう仕事を目指している。そのために高校は美術科のあるところに行きたい。当然大学も美大を目標にしている。でも、それはとてもお金がかかる。うちの家計では無理だろう。
黎さんは「わたしに任せなさい」と言ってくれる。「独身で、子供のいないわたしが、次の世代に何かを残すのは義務みたいなものよ」と笑ってあたしの背中を押してくれた。お父さんはマンガの内容を知らないが、お母さんは当然よく知っている。教育上良くないとこぼしながらも、あたしのために目をつぶってくれている。
”データ受け取ったよ。良い感じね。この調子で残りもお願い、すみれちゃん!”
黎さんからハートマークや顔文字が満載のメッセージが届いた。ゴールデンウィークに出す新刊の追い込み。昨日から描き続けているので身体の節々が痛い。描き上がった分にOKが出たので、残りを確認する。なんとか間に合いそうだ。
少し描いたところで、手を止める。ちょっと確認が必要だ。あたしは作画のみでネームは他の人が書いている。今描いている作品は黎さんがネーム担当。電話をかけて聞いてみる。
「20ページの3コマ目のことなんですけど……」
「ちょっと待って。……あー、そこかあ。うーん、どうすっかなあ」
時間がかかりそう。他のところから描くことも考えたが、少し集中力が切れた。一休みするかなあと思ったところで、聞いておくことがあったのを思い出した。
「そういえば、ゴールデンウィークの予定ってどうなってるんですか?」
「ん? あー、ゴールデンウィークね」
「最近マンガばっか描いてて、ちょっと休みが欲しいっす」
黎さんに感謝はしているが、春休みから作画の分量が多く、絵の勉強が全然できていない。美術館に行ったり、普通の絵を描いたりしたい。
「ごめんねー。ひとり捕まらなくなっちゃってさー」
黎さんはカラカラと笑う。
「夏コミまではそこまで忙しくならないかな。大丈夫、できるだけ振らないようにしておくから」
「……できるだけ、ですか、寿子叔母さん」
「こら! その名前で呼ぶな!」
黎という名はもちろんペンネームであり本名ではない。当人は本名で呼ばれるのを嫌ってる。
「原稿の方は資料送るから、それ参考にお願い」
黎さんはそう言って電話を切った。あたしは人気アニメのチェックはしているが、そこまで熱を入れて見ることはない。黎さんは気に入ったものがあるとすぐに同人誌を出すので、この手の約束は当てにならないことが多かった。
欲望に忠実で、バイタリティ溢れる人。去年パソコンを買ってもらった直後に、あたしは任された作画を落としたことがあった。勢い込んで、できると請け負って、自分のキャパシティを越える量を振り分けてもらった。あたしのミス。それなのに黎さんは仕事を振った自分が悪いと、あたしを一言も責めずにカバーしてくれた。
……黎さんと美術館行けたらいいな。この仕事が終わったら聞いてみよう。
黎さんからデータが送られてきた。過去の同人誌の参考にするコマ。そして、大量の写真。すべて無修正の男性器だ。あー。色々と感覚がマヒしていくのが分かるよ!
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