第20話 平成31年4月20日(土)「日野可恋」
日野可恋。その名は私の頭に刻み込まれた。
「たか良ー。なんなん? 呼び出しって」
恵が不満げに声を上げる。火曜日の放課後、ワタシは1年の時にツルんでいたメンバーに声を掛け、集めた。恵の他は男子が3人。全員、教師からは目を付けられている問題児だ。
「日野って、知ってるか?」
「誰それ?」
誰も知らないようだった。
「3学期に転校してきた女」
「あー」
全員がすぐに分かったようで、恵は「隠れキャラね」と言っているし、男たちは「イケてるよな」などと感想を漏らす。
「で、そいつがどうしたん?」
恵の言葉に、どこまで話すか迷う。さすがに手を出したら、こてんぱんにやられたとは言えない。
「ちょっと気に食わないことがあって……」
「え? やっちゃう?」
恵は楽しそうだ。こいつは煽るだけだから。男たちの様子を見る。3人のうち2人は「たか良が言うなら」って感じで乗り気だが、あとのひとりが顔をしかめている。
「んー、俺はやめておくわ」
「なんで?」
頭を掻いて、言い辛そうにしている。コイツがそんな態度を取るのは珍しい。
「弟がさ、駅向こうの空手道場に通ってるんだけどさ」
ようやく意を決したように口を開く。
「たまに迎えに行かされるんだよ。道場まで。そこで転校生を見たことがあってさ」
「空手か……」
ワタシは呟く。戦い慣れしているのだろう。普通なら怯えたりするものだけど、それがなかったことを思い出す。
「強いの?」
恵の質問には首を捻り、「見てないから、知らん」と答えていた。
「でもさ、あそこの道場、俺も子供の頃行ってたんだけど、マジヤバいオッサンがゴロゴロいるんだよ」
マンガなんかでよく見る空手家のオヤジのイメージが浮かんだ。
「ヤクザ相手にヤキ入れるような連中でさ」
「マジ?」
「なんかさ、通ってたチビをイジめた奴の家に集団で押しかけて、親をボコったって話も聞いた」
みんな息を呑んで押し黙った。
「男女関係なくボコって、母親も顔の形が変わったって。それでも警察沙汰にならなかったって言うし」
どこまで真実かは分からない。ただ、こういう世界では手を出していい奴かどうか見極めることは重要だ。バックにヤバい奴らがいれば、どんな制裁が待っているか分からない。日野相手に正面からやり合うのはマズいということは分かった。
じゃあどこから攻めればいい? 転校生だけあって、親しい友だちというのも思い浮かばない。強いて挙げれば日々木か。
「日野と仲良いのって日々木だけど」
そう言った瞬間、男3人が口を揃えて「無理無理無理」と叫ぶ。
「なに、それ」
「いや、日々木は絶対無理」
「3年と仲良かったもんねー」と恵が言う。今の3年ではなく、3月に卒業した連中のことだ。3年のヤンキーたちが日々木を気に入り、1、2年に「指一本触れたら殺す」とかなり本気の通達が来た。一般生徒も知るくらい有名な話だ。
「卒業したじゃん」
「卒業はしたけど、ほとんどがこの街に残ってる訳だし。コンビニとかでよく会うから」
「俺、この前も日々木どうしてるか聞かれたんだよ。クラス違うから知らねえっての」
ワタシの言葉をきっかけに、男たちは卒業した先輩の話で盛り上がっていた。男は縦の繋がりが強いか……。ワタシは日野攻略を一から考え直すしかなかった。
今日は珍しくアニキが家にいた。寝そべってテレビを見ている。親は仕事でいない。
「ねえ、空手って強い?」
アニキの武勇伝は今も中学で知られている。高校は1年で中退し、最近はヤバい連中と一緒にいるらしい。
「強い奴は強い。そうでない奴はそうでもない」
テレビを見たまま答えてくれた。
「たぶん強い奴だと思うんだけど、どうすれば勝てる?」
「強い奴を集めてボコる」
正論にワタシは黙り込む。
「絶対に勝てる戦力を集めないと、中途半端が最悪」
「中途半端?」
「相手は凶器持ってるようなもんだから、普段はそれを使えない。武道やってる奴が一般人殴ったら非難されるだけだ。でも、ひとりで集団相手となれば話は違う。向こうは喜んで凶器を振り回せる」
アニキがこちらに向き直ってそう言った。確かに。それが美少女で、相手がゴロツキの男たちとなれば誰も非難なんてしないだろう。
「ま、強い奴を集めて勝てたとしても、それで終わりじゃ無え。こっちにも被害は出るだろうし、向こうもそれで済ますとは限らない。勝ち続けられるかどうか分かんねえし、いつかは負けるだろう」
ワタシはじっとアニキの言葉を聞いている。
「そこまでして戦う相手かってことだな」
月曜日の出来事は屈辱だ。しかし、あれはワタシが相手を見誤ったことが原因でもあった。一見、好き勝手やってるように見られるが、ワタシたちにはワタシたちなりのルールや考えがある。
日野はあれから何も言ってこない。視線を感じることはあるが、それだけだ。こちらから仕掛ければやぶ蛇になる可能性が高い。
「むしろ」
ワタシが考えに没頭していたら、アニキが話を続けた。その声は今まで聞いたことがないような重いものだった。
「そいつに取り入るのが正解かもな」
「え?」
驚いた。アニキらしくなかった。
「俺がどんなに粋がっても、勝てない相手はごまんといる。分かっちゃいたが、分かってなかったんだな」
再びアニキは背を向けた。もうこれ以上話す気はないようだ。アニキに何があったのかは分からない。ただその背中はいつもより小さく見えた。
ワタシは、日野との関係をどうしていけばいいだろう。
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