第19話 平成31年4月19日(金)「日野と麓」

 私は見てしまった。


 私は1年生の時からの習性で、麓のことを警戒している。休み時間になにかすることがあっても、麓の様子だけは確認せずにいられない。麓は周囲に害をまき散らす不良。彼女の標的になった子を学級委員としてサポートする必要があったし、なにより自分が彼女の標的にならないように気を付ける必要があった。


 2年生になってここまで目立った動きのなかった麓だが、月曜日は朝から機嫌が悪かった。そして、昼休み。麓が教室に入ってきて、自分の席に向かわず、私の後ろの方へ歩いて行った。はっきり振り返って見たわけではないが、机の上のものを盗ったように感じた。そこは、日野さんの席。麓は一直線に教室を出て行った。


 しばらくして日野さんと麓が戻って来た。もちろん別々に。私は日野さんと話そうと腰を上げかけたが、チャイムが鳴ったので座り直した。授業が始まる。先生の話よりもさっき起きたことの方が頭の中を占める。勉強に集中できないまま時間が過ぎていった。


 5時間目が終わっても、私は席を立たなかった。麓とこれ以上関わりたくないという気持ち、日野さんは学級委員なのだから自分で解決すべきだという気持ち、そうした思いが私の頭の中をぐるぐると渦巻いていた。日野さんの様子を窺うが、特に変わったところはない。困っていたり、泣いていたりすれば、手を差し伸べただろう。


 6時間目の授業も終わる。今日は塾だ。私はそそくさと帰り支度を始める。話す時間がない訳ではない。ただこの時の私は、自分がどうしたいのか分からなかった。


 翌日も日野さんに変わった様子はなかった。麓にも。陰でこっそり苛めている可能性は考えられたが、怪しい動きは何も見えなかった。水曜日、木曜日と何も変化がない。私の心の中のもやもやだけが日々大きくなっていく。


 ……日野さんが助けを求めてくれたらいいのに。


 あれは錯覚だったんじゃないかと思う。あるいは盗ったように見せかけて、麓は私を苦しめようとしているんではとまで思った。さすがにそれはない。そう分かっていても、余計なことを考えてしまう。


 今日の放課後、私は日野さんを呼び止めた。


「日野さん、麓さんと何かなかった?」


「何かって?」


 日野さんの表情からは何も読み取れない。


「……月曜に麓さんがあなたの机から何か持って行ったように見えたの。今まで言えなくて、ごめん」


「あー、あれね。解決したから大丈夫よ」


 さらっと言うが、とても信じられない。


「解決? あの麓と? 本当なの?」


 日野さんはすっと目を細め、私を見つめる。その目は私の心を射貫くように感じた。


「麓さん、分かってくれたみたい」


 私の心は日野さんの言葉を信じることができない。嘘だと直感的に感じる。でも、言い返すことができない。


「ありがとう。気にしてくれたのね」


 日野さんの表情は穏やかで、声も優しいのに、どうして私の心臓が締め上げられるように痛むのか。


「そういえば、千草さんは1年の時、学級委員だったんだよね」


 私は頷く。


「私、この学校の学級委員の仕事、よく分かっていないから色々と教えてね」


 言葉とは裏腹に、私の助けなどまったく必要がないと言っているように感じた。


 ……こんなはずじゃなかった。彼女が学級委員に選ばれた時から、困った彼女を助ける自分を思い描いていた。彼女が麓のターゲットになった時も。私がいなければ困るでしょ? 早く私に助けを求めなさいとそればかり思っていた。


 私は唇を噛み締める。誰が、あんたなんかに。その言葉を飲み込んで、私は精一杯の笑顔を浮かべ、「もちろんよ、いつでも言ってね」と答えた。

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