第15話 平成31年4月15日(月)「日々木さんのいない教室」

 日々木さんは今日も欠席。金曜日から土日を挟み4日目となる。私は心配になり、休み時間に担任の小野田先生の元に聞きに行った。


「日野さんは知っておいた方がいいでしょう。今日、おたふく風邪の疑いがあると連絡がありました」


 流行性耳下腺炎、ムンプス。大人になってから発症すると合併症の危険もある病気だ。普通は小学生以下で罹ることが多く、中学生だと遅い部類だろう。感染症だからお見舞いにも行けない。無事回復することを祈るしかない。


 日々木さんと最後に会ったのは水曜日だ。私が早退する時に話をした。おたふく風邪なら完治まで出席停止なので、早くても週の中頃、長引けば今週一杯は休むことになってしまうだろう。なんとも間が悪い。せっかく親しくなったのに、連絡先の交換すらできていない。


 連絡先の交換と言えば、昨日ひとりの高校生と親しくなった。午前中、師範代に頼まれ、高校生の空手部の稽古の手伝いをした。全員空手を始めて1年ほどの初心者だそうだが、ひとり非常に目立つ女子がいた。小柄で、よく跳ねるポニーテールが特徴。元気はつらつを絵に描いたような少女だった。少し日々木さんに似ていると思った。


 師範代からその人を指導するように言われて困った。名前程度しか自己紹介をしていなかったので、相手は同じ高校生と思っているようだが、こちらは自分が年下だと知っている。小さな子の面倒をみることはあったけど、年上を相手に指導するという機会は初めてだったので戸惑った。


 そのポニーテールの持ち主、林さんは私の言葉を熱心に聞きてくれた。なんでも吸収してやろうという意気込みが感じられたので、私はいくつか具体的な提案をしてみた。その提案の中から最も彼女に合うものを採用してもらった。しっかり納得してもらったと思う。


 稽古の後、更衣室でも一緒だった。そこで「どこの高校?」と聞かれ、真実を話した。他の3人は少し私を見下したような態度に変わったけど、林さんは変わらず「すごい!」「連絡先教えて!」と親しく接してくれた。




 昼休みは暇を持て余していた。どこかのグループに加わりに行くという気分にはなれず、さりとて何かをして時間を潰す気にもなれない。私としては珍しくぼーっとした時間。自分の席に座り、頬杖をついて、何気なく周囲を観察する。


 松田さんは今日も元気に教室の真ん中に陣取っている。教室中に響き渡るような声で話しているので、会話の内容はクラス全員に筒抜けだ。主にテレビの話なので、私にはさっぱりだけど、男子も加わって盛り上がっている。


 高木さんとはよく目が合う。森尾さん、伊東さんとお喋りしているが、その合間によく周りを見ている。


 安藤さんは、昼休みは体育館でトレーニングをしているらしい。だから、今は不在。日々木さんがいないと彼女とは話す話題がない。トレーニングについて聞いてみたけど、要領を得なかった。


 渡瀬さんと三島さんが隅の方で顔を寄せ合って話している。いつもふたり一緒なのは良いが、他のクラスメイトと距離を取っている感じが気になる。あと、教室にいるのは千草さん。自分の席で何か書いているようだ。私からは後ろ姿しか見えない。


 5限目が始まる前にお手洗いを済まそうと席を立つ。その時、教室の出口のところに立って、こちらを見ている麓さんが見えた。目を合わそうとはしてこない。彼女の横を通り過ぎて、教室を出た。


 席に戻ると、机の上に出していた教科書がなかった。机の中や鞄の中を確認するが見当たらない。私が麓さんの方を見ると、彼女はこちらを見ていた。目が合う。ニヤニヤしている。立ち上がろうとした時、チャイムが鳴った。私はゆっくりと息を吐き出し、座り直した。

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