第11話 平成31年4月11日(木)「日野可恋」

 昨日の授業中、日野さんが早退した。今日は欠席。私でも風邪を引くんじゃないかと思うくらい寒かった。免疫力に問題があるという日野さんには厳しい気候だった。


 ようやく暖かくなってきたのにね。


 1年の3学期に転校してきた日野さん。私は1年の時も副担任だったけれど、休んでばかりという印象のみで、外見を除くと特に目立つことはなかった。それが2年生になると変わり始めた。


 学級委員に指名されたせいか、他のクラスメイトとも関わりを持とうとしているようだ。更に、一昨日の体力測定では大活躍だったらしい。陸上部女子を見ている久保先生が興奮して小野田先生に話しかけていた。是非、陸上部に欲しいと。3学期の体育の授業は見学ばかりと聞いていたので、私もとても驚いた。


 月曜日の放課後のことを思い出す。日野さんが、職員室にいる私のところにやって来た。


「藤原先生、学級委員の仕事についてお聞きしたいのですが」


 担任の小野田先生に、私から説明を受けるよう言われたそうだ。そんなこと聞いてないよ! それでも、これまで会話らしい会話をしていなかった彼女と、ようやく話す機会ができた。この学校の学級委員のことについて一通り説明する。やはり学校ごとに違いはあるものだ。


「なにか質問ある?」


 何気なくそう言うと、次々と質問が飛んでくる。学級委員の権限について、責任の範囲、他の委員や生徒会との役割の違い等々。当然のことながら、答えられたのはわずかで、後は調べておくからと先延ばしにした。そこまで考えるものなの? 私も中学生の時に学級委員をやった経験があるけど、何も考えてなかったよ。


「クラスはどう?」


 友だちができたかと直接聞くわけにもいかないので曖昧な質問になった。彼女はすぐに察して「日々木さんに色々と教わっています」と答えた。彼女に任せておけば安心と思ってしまうほど、日々木さんはコミュ力が高い。


 そして、昨日が早退、今日が欠席。新年度が始まってまだ1週間も経たないのに、色々と起きるものだ。


 私は座ったまま背伸びをする。冷たくなったお茶を捨て、お湯を沸かす。職員室に残っている先生方の分も淹れて配る。ちょっとした気分転換。最後に自分の分と、近くに座る小野田先生の分を持って席に戻る。


「小野田先生、ちょっとよろしいですか?」


 お茶を渡すついでに、私は気になっていたことを聞いてみた。


「どうして日野さんを学級委員にしたんですか?」


 小野田先生は作業の手を止めて、私をじっと見た。


「藤原先生なら誰にしますか?」


 質問で返される。私は少し考え込んでから答えた。


「1年の時に学級委員をしていた千草さんだと思います」


 成績は優秀だし、経験もある。そつなくこなしてくれるだろう。小野田先生は頷いたものの黙ったままだ。淹れ立ての熱いお茶に口をつけている。


「ダメでしょうか?」


「いえ、ダメって訳じゃありません。問題なくやってくれるでしょう」


 小野田先生は眼鏡を外すと、眼鏡拭きで湯気をぬぐう。眼鏡に視線を向けたまま「そうですね」と話し始めた。


「刺激を与えたいと思いました」


「刺激、ですか」


「このクラスの女子は個性的な子が多く、まとめるのが難しいでしょう。日々木さんも考えましたが、前の中学や小学校の担任から話を聞いて日野さんにしました」


 前の中学はまだ分かる。小学校時代の担任にまで話を聞いたんだ。


「成績は優秀だったものの、クラスの活動には積極的に関わることはなかったそうです。休みがちですからね。なかなか難しかったのでしょう」


 私は頷く。


「ただそういうことに無関心という訳ではなかったようです。役割を与えられれば頑張る子だったと聞きました」


「でも、あの体質だと大変なんじゃ」


「そこは周りのサポートが必要です。クラスメイトも、私たち教師も」


「つまり、彼女のサポートをすることでクラスがまとまっていくと期待しているのですね」


「ええ」


 小野田先生は再び眼鏡をかけ、こちらを見つめた。


「しかし、私の計算違いでした」


「え?」


「日野さんは私の予想以上に優秀です。休んでばかりでも自力で全部やってしまいそうです」


「ああ・・・・・・分かります」


「日々木がうまく絡んでくれているので、大丈夫だと思いますが・・・・・・」


 小野田先生にしては歯切れが悪い言い方だ。私に向けてというより、独り言に近い感じで呟いた。私はなんと言っていいか分からず、飲みかけのお茶に視線を落とした小野田先生を見ているしかできなかった。

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