第10話 平成31年4月10日(水)「日々木さん」
天気予報で分かっていたけど、今日はここ数日の陽気が嘘のように寒い。冬に逆戻りしたかのように、冷たい雨が降っている。かなり厚着をしてきたのに身体の芯から冷える。明日は寝込むことになりそうだ。私はゆっくりと息を吐いた。
昔は体調を崩すと回復するまでに一週間くらいかかることが多かった。最近は1日2日で済むことが多くなった。とはいえ、体質が改善された訳ではないので、体調を崩す回数自体はさほど変わらない。特に、急な気温の変化には弱い。今日は無理せず休んで、明日に備えた方が良かったかもしれない。
「大丈夫?」
後ろの席の日々木さんが心配そうに声を掛けてくれた。まだ平気だと思っていた。しかし、気遣われるくらい調子の悪さが表に出ていたのだろう。諦めて、手を挙げ、立ち上がった。
「体調が良くないので、保健室に行ってきます」
国語の授業中。藤原先生は少し驚いた顔をしていたが、すぐに事情を察してくれた。
「ひとりで平気?」
「はい」
私は鞄とコートを持って保健室に向かう。今は4時間目。このまま早退することになるだろう。
「あら、いらっしゃい。大丈夫?」
保健の先生とはすでに顔なじみだ。転校してきて3ヶ月しか経っていないが、何度も訪れている。
「今日は寒いものねえ」
先生の明るい笑顔に、沈みかけていた私の気分が少し浮き上がる。
「それとも、昨日頑張りすぎた?」
保健室にまで話が広まっているのかと驚いたが、保健の先生が体力測定に関わっていておかしくはない。頭の回転も鈍いようだ。
「いえ、寒さが原因です」
昨日、ちょっと張り切りすぎたのは自覚している。手を抜くつもりはないが、ほどほどに頑張ればいいと思っていた。しかし、日々木さんの期待するような視線に応えようと全力を出した。「ええかっこしい」だったということ。それでも、あの程度の運動量で体調を崩すような鍛え方はしていない。
「休んでいく?」
熱を測った後、先生が訊いた。ベッドの方をちらっと見る。暖かそう。ぐっと惹かれる気持ちを抑えて、帰ることを選択する。マンションは学校の目の前。雨はひどくはないが、やみそうにない。家に帰れば、リラックスして眠れるだろう。
4限終了のチャイムが鳴った。「小野田先生には連絡しておくから、早く帰りなさい」と言われ、お辞儀をして保健室を出る。この周辺の廊下は人気が少ない。寒々とした気分を振り払うように少し早足で歩く。その時、向こうから日々木さんがやって来た。
「日野さん」
走ったのか息を切らせている。彼女がいるだけで、暗かった廊下に光が差したように感じる。
「どうしたの?」
「大丈夫かなって。・・・・・・心配で」
前の学校では、みんな私の早退には慣れていた。この学校では、心配してくれるような友だちがいなかった。変な話だけど、とても新鮮だ。
「ごめん、心配かけちゃって。よくあることだから」
私は軽い感じで言った。私にとっては日常茶飯事。それでも、日々木さんは心配そうな表情を私に向ける。彼女にこんな顔をさせたくはない。私は努めて明るく言葉を紡ぐ。
「たぶん明日は休むと思う。でも、この感じだと明後日には学校来れるから」
「ごめんなさい。日野さんに気を遣わせて・・・・・・」
見抜かれていた。私は素直に想いを口にする。
「こうして来てくれて本当にありがたいと思ってるの。心配させて悪いなと思うけど、感謝してる」
私は撫でるように彼女の頭にそっと触れた。
「日々木さんの笑顔を見たら、病気なんてすぐに吹き飛んでしまいそう」
日々木さんは顔を上げ、にっこりと微笑んでくれた。
「待ってるから。早く良くなってね」
「私が言うのもなんだけど、今日は冷えるから日々木さんも風邪引かないようにね」
名残惜しいが、早く帰らないと。私は手を振って歩き出した。日々木さんも手を振り返してくれる。もの凄いパワーをもらった気分だ。早く良くならないと、と切実に思った。
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