第9話 平成31年4月9日(火)「日野さん」
今日は体力測定。暖かいというより、暑く感じるほどの気候。わたしは汗をかいて頑張ったけど、どの種目もクラスでビリって感じでがっかりである。毎朝のジョギングの成果はどこへ行ってしまったのか。
こういうイベントは純ちゃんの独断場になると思っていた。運動神経抜群、水泳で鍛えた身体は鋼のよう。握力やハンドボール投げでは予想通り他を圧倒した。ところが、上体起こしや前屈では日野さんが純ちゃんの記録を越えた。驚くべき柔軟性。でも、それだけなら、身体がむちゃくちゃ柔らかいんだで済む。
50m走。純ちゃんは大柄で重いイメージだけど、加速に乗るともの凄いスピードが出る。男子に混じっても遜色ないくらいのタイム。女子でこの記録を超えるのは陸上部のスプリンターくらいだろうと思われた。そのタイムに日野さんが並んだ。
非常に美しい走りだった。無駄がない感じ。陸上選手のよう。このタイムにクラスの女子たちが驚いてちょっとした騒ぎのようになった。みんなで、すごいすごいを連発しながら日野さんを取り囲む。日野さんはちょっと照れたように微笑んでみせた。
「陸上やってたの?」
そんな質問に首を振って答える。制服以上にスタイルの良さが際立つ体操着姿。純ちゃんのように筋肉ムキムキじゃないのにこの走り。日野さんに「病弱」イメージを抱いていたわたしには衝撃だった。同類だと思っていたのに・・・・・・。
騒ぎが収まってから、わたしは日野さんに尋ねた。
「どうやったらそんなに速く走れるの?」
日野さんはわたしをじっと見つめる。足下から視線を上げていき、目が合うと少し困った顔で言った。
「日々木さんはもう少し筋肉が欲しいよね」
あー、まあ、そうだよね。
「毎朝ジョギングしてるんだよ」
口をとがらせてそう言った。努力はしてるんだ。
「筋トレは?」
「筋トレ? 腹筋とか腕立て伏せとか?」
「日々木さんの場合、足腰の筋肉が足りていないから、スクワットがいいんじゃないかな。器具がなくてもできるし」
「しゃがむやつだよね?」
「そう。こんな感じ」
見本を見せてくれる。なんだか簡単そう。しかし、真似してやってみると、へっぴり腰でかっこ悪い。むむむ。日野さんは手取り足取り教えてくれる。その時、周りのクラスメイトがこちらを見ているのに気付いた。なんだか急に恥ずかしくなる。
「ほら、みんな、終わったら次の準備してね」
同じように気付いた日野さんが声を掛ける。すでに学級委員が板に付いた感じ。そして、「続きはまたあとでね」とわたしに耳打ちした。
体力測定が終わり、制服に着替える前にスクワットのやり方を教えてもらった。日野さんはコツを教えるのがとてもうまい。少しはできるようになった気がした。
「それにしても、運動が得意でびっくりしたよ」
「こういう体質だから効率的なトレーニングを研究したりしてるんだけどね」
そう言うと、日野さんはわたしの耳元で囁くように言った。
「実は、子供の頃から空手道場に通ってるの」
「空手?」
わたしも小声でそう問い返す。
「うん。少しでも体力をつけたくて始めたんだけど、いまは空手が好きなの」
50m走の驚き以上にびっくりした。まったくの予想外。ただ、言われてみれば、姿勢の良さや落ち着きが武道のイメージに通じているのかも。
「あー、そういえば、純ちゃんが、日野さんを強そうって言ってた。その時は理解不能だったけど、分かるんだねえ」
「安藤さんが」
驚いたように日野さんは純ちゃんの方を見る。純ちゃんは着替えが終わり、少し離れたところでじっと立っていた。日野さんの目が少し細められた。
そのあと、日野さんが制服に着替えるところをつい観察してしまった。無駄な贅肉は一切なく、もの凄く引き締まったお腹。ムキムキじゃないけど、肩や二の腕はしっかりと筋肉がついている。胸もけっこうあるなあ・・・・・・って、これは筋肉関係ないか。
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