第7話 【改訂版】平成31年4月7日(日)「新しいクラス」日野可恋

「日野さん、学級委員をやってみない?」


 始業式が終わってから担任の小野田先生に職員室に呼ばれてそう提案された。

 私は今年の1月に転校してきたばかりだ。

 しかも、三学期は体調不良で半分以上休んでいた。


 小野田先生のこともよく知らない。

 理科を担当していて、何度か授業を受けたが、直接話す機会はなかった。

 小柄で、ほっそりとした――し過ぎた、年配の女性の教師だ。

 強風が吹けば飛んで行ってしまいそうだが、眼鏡の奥の眼光は鋭く、その細い体のどこから湧き出ているのか確かな存在感があった。

 とても冗談で言っているようではなさそうだ。


「私の体質についてはご存知ですよね?」


 担任なのだから知らないはずはないが、あえて確認する。

 免疫力が極度に低く、特に冬場は学校に来られない日々が続く。

 そんな体質のせいで、転校してから友だちもできなかった。

 それで学級委員が務まるのか。


 小野田先生は私の質問を予想していたかのように頷くと、私の目を見て言った。


「みんなに協力してもらえれば大丈夫でしょう」


 その言葉を聞いて、私は目を細めた。

 考え込む時のクセだ。


 先生が言っているのは、協力してもらえるだけの人間関係を作れということだろう。

 三学期は休むことが多いと分かっていたので、自分から積極的に交友関係を築こうとはしなかった。

 それを危惧してのことだと思うが、意外と荒療治だ。

 大きな弱点を抱えた転校生なのだから、もう少し優しく対処してもらいたいものだ。


 しかし、学級委員を打診されるとはまったく予想していなかった。

 予想外の展開に、かえって冷静に判断しようと思い直す。

 メリットやデメリットを慎重に検討してから答えた方がいい。


 この学校の学級委員の仕事や役割がどれほどのものか詳しくは知らない。

 メリットなんて教師の覚えが良いなど、私にとって必要とは思えないものばかりだろう。

 友だちを作るモチベーションにはなるかもしれないが、学級委員という強制力がなくても欲しいと思えば自分で作る。


 デメリットは時間を取られることだろう。

 引き受けてしまえば、自分の性格上適当に済ませて終わりとはならない。

 貴重な自分の時間を費やすだけの価値があるように思えない。

 ただでさえ学校は無駄が多いのに、更に非効率な雑用に手を煩わされたくはなかった。


 気持ちが断る方向へ傾きかけていた時、ひとりの少女の顔が浮かんだ。

 白く透き通った肌、シャープな顎のラインと卵形の顔の輪郭、精緻を極めて造られた人形のような造型。

 こんなごく普通の公立中学校にいることが不思議に思ってしまうほど際立った美しさを持った女の子。


 彼女は私の後ろの席に座っていた。

 今日、二三にさん言葉を交わしただけだ。

 それなのにこうしてパッと脳裏に浮かぶほど印象的だった。

 何が私の琴線に触れたのかは分からない。

 単に美少女というだけなら興味を惹かれなかっただろう。


 ……あれだけ、誰が見ても"特別"と思う子であれば、きっと普通の人生を歩んでないだろう。


 ……私と同じように。


 私はこれまで学校というものに居場所がなかった。

 学校は毎日真面目に登校する者たちのためにある。

 誰も私に重要な仕事を任せなかった。

 いつ休むか分からないのだから当然だ。

 私もそれでいいと受け入れていた。

 これまでは表面的な付き合いをしてくれるクラスメイトが何人かいれば十分という気持ちだった。


 この学校でもそれを続けることは可能だろう。


 ……なのに。


「分かりました。お引き受けします」


 学級委員を引き受けてしまった。

 学級委員になれば友だちができるだなんて思ってはいない。

 ただ自分を変えるにはきっかけが欲しかった。

 人間、追い詰められた方が力が湧くというしね。


 小野田先生の元を去る間際に、聞き忘れていた質問をした。


「どうして私なのですか?」


 これで「あなたのためよ」なんて恩着せがましく言われたら反発していただろう。

 しかし、担任の返答はシンプルに「成績」だった。


「そうですか」


 そう言った私の声は心なしか軽やかだったと思う。




††††† 登場人物紹介 †††††


日野可恋・・・2年1組。三学期に多く欠席したにも関わらず学年末テストで驚くべき成績を残した。


小野田真由美・・・2年1組担任。生徒から恐れられている。

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