第5話 【改訂版】平成31年4月5日(金)「妹」日々木華菜

 昨日、北関東のお祖父ちゃんの家から妹のヒナが帰宅した。

 春休みなどの長期休暇に家族で行くのは恒例行事だ。

 祖父はヒナを溺愛していて、彼女の誕生日には豪勢なお祝いをしてくれる。

 ちょうど春休み中にヒナは誕生日を迎える。

 両親は1泊しただけで自宅に戻る。

 わたしはヒナと一緒に祖父宅に残っていたが、中学生になってからは両親と一緒に帰ることにした。


 ヒナは親しみを込めて、いまも"じいじ"と呼んでいる。

 その"じいじ"からの贔屓をヒナはかなり気にしている。

 服を大量に買ってもらえることをヒナは喜んでいるが、それはいとこ達やその親から嫌味などを言われることに繋がっている。

 それにわたしに対しても引け目のようなものを感じているようだった。


 わたしは気にしていないとヒナに言っている。

 それは本心だ。

 わたし自身はそれほどオシャレに興味がある方じゃないし、他の子と比べても恵まれていると思う程度には両親から買ってもらっている。

 それに、ヒナはヤバいくらいに可愛いのだから、お祖父ちゃんの気持ちはよく分かる。

 本当はお祖父ちゃんと一緒になってヒナを愛でたいくらいだ。

 でも、あまりそれを態度に出すとヒナが引いてしまうんじゃないかと心配している。


 ヒナは優しいからね。

 わたしの気持ちを知っても変わらずに接してくれるだろう。


 ヒナは誰とでも笑顔で交流する天使のような女の子だ。

 日本人離れした、妖精のような愛らしい容姿。

 それだけにとても目立つ。

 良くも悪くも注目を浴び、賞賛の声も嫌味な言葉も彼女の耳に届いてしまう。

 それなのによく真っ直ぐに育ったものだと感心する。


 そんなヒナのことをいちばん身近で見てきただけに、わたしはヒナに負担を掛けたくなかった。


 夏休みや冬休みはいとこ達が祖父の家にいるので、彼らからヒナを守るという大義名分があった。

 春休みはいとこ達は来ないので安心だ。

 だが、それゆえにわたしが残る意味がない。

 両親は残りたいなら残ってもいいよと言ってくれるが、わたしは涙をこらえて帰ることを選択した。

 わたしは不器用だから、ヒナに甘えちゃいけないんだと思っている。


「ただいま」というヒナの弾んだ声。


「おかえり」とわたしは感情を出さずに答える。


 実際はそわそわしながらヒナの帰宅を待っていた。

 こんなにヒナと離れ離れになることは滅多にない。

 世界でもっとも可愛い生き物であるヒナと離れていなければならないなんて苦痛以外の何ものでもなかった。

 抱きついて頬ずりしたいくらいだが、じっと我慢する。

 春休みの灰色の日々がやっと終わった。

 ああ……、ヒナはなんて可愛いんだ。

 うっとりと眺めてしまいそうになるのをなんとか抑えて、わたしはつけていただけのテレビの方を向いたまま、何気ない顔を装って返事をした。


 わたしの素っ気なさにヒナはほんのわずか表情を曇らせる。

 そんな愁いを帯びた顔付きも素敵だ。

 だが、同時に強い罪悪感もあった。

 悲しませたくはない。

 しかし、自重していないとヤバいんだよ!


「入学式は月曜だよね?」とヒナが聞いたので、「ん」と生返事をする。


 この1年間はヒナと同じ中学校に通うことができた。

 至福の1年だったと言っていい。

 ごくたまにではあるが、ヒナがわたしの教室まで来てくれることもあった。

 いつの間にかわたしのクラスメイトたちとも仲良くなり、気が付けば3年生のアイドルのようになっていた。

 そんなヒナの姉であることがどれほど誇らしかったことか。

 卒業したくなくて、留年すると叫んで友だちからツッコまれていたのもいまでは良い思い出だ。


「友だち、いっぱいできるといいね」とヒナが微笑む。


「ヒナの力を借りたいな」


 ヒナさえいれば友だちなんかいらないと本音を漏らし、友だちから白い目で見られたこともあった。

 この1年間はクラスメイトにシスコンであることがバレて、完全にイジラレキャラとなっていた。

 高校はそんな友人たちが多く進学するところなのでそれほど心配はしていない。

 むしろ中学に残るヒナが心配だった。

 わたしがいれば守ってあげられるという保証はないが、学校が離れ離れになるとわたしの力は及ばなくなる。


「わたしのパワーをあげるね」


 わたしがヒナのことを心配していたら、それを高校への不安と勘違いして、ヒナは真剣な顔で両手を伸ばしわたしにパワーを注いでくれた。

 ヒナは真剣だけど、その愛らしい仕草にわたしの心はメロメロだ。

 ああ、もう、なんて可愛いの!

 スイートマイエンジェルと叫び出したくなってしまう。

 せめてこの瞬間を記録したい。

 こっそりスマホに撮っちゃダメ?


 そんな悶々とした思いを抱いていたら、お母さんが居間にやって来た。

 夕食の準備について話す。

 今夜はふたりでヒナの大好物を作ってあげる予定だ。

 ヒナは幼なじみである純ちゃんの家へ出掛けて行った。

 すぐ近くに住む彼女とは家族ぐるみの付き合いで、互いの家をよく行き来している。


 幼稚園の頃からの仲で、小学校低学年の時に揃ってスイミングスクールに入った。

 純ちゃんだけがそこで適性を見出された。

 水泳を続けるうちに身長もぐんぐんと伸びた。

 わたしの身長すら超えて、いまでは見上げるような長身だ。

 体格もがっしりして、髪は短髪。

 だから、よく男の子と間違われる。

 最近じゃ男の子ではなく男性と間違われると言った方が正しいだろう。


 ヒナは親鳥のように甲斐甲斐しく純ちゃんの面倒を見ている。

 わたしや互いの親たちは彼女にヒナのボディガード役を期待してしまっている。

 純ちゃん本人もその意識はかなりあるようだ。

 ヒナが中学生になってから始めた朝のジョギングにもつき合ってくれている。

 純ちゃんのお母さんは毎朝起こすのが大変だと言っていたのに、ヒナが起こすとちゃんと起きるようになった。


 わたしはお母さんと相談してからヒナに電話をした。


『夕食に純ちゃんも連れておいでよ』




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木華菜・・・高校1年生。春から平均より少し上の公立高校に通う。趣味は料理。


日々木陽稲・・・中学2年生。姉の華菜とはあまり似ていない。ロシア系の血が色濃く出ていて、日本人離れした容姿になっている。


安藤純・・・中学2年生。この世代では日本のトップスイマー。

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