少女セレシアのSS本棚 〜気まぐれ更新、若干二次創作気味につき注意〜

せれしあ

第1話 二次創作SS 『紅い花の話』



《主人公(自分)は、永遠の時を生き、戦いを求め彷徨う存在。ある日、主人公が取るに足らない戦いをおえると、聞き覚えのない女性の声がした。》



********************


「やぁ。聞いた通りの戦闘狂っぷりだね」


心がこもった、けれど冷たい声。

彼女の声を聞いたのは、それが最初だった。


「おいおい、私にまで手を出そうというのか。全く勘弁してほしいものだ」


面白そうだったので、少しけしかけてみる。彼女は溜息をついて、そして付き合ってくれた。


「まぁ、あれだ。つまるところ、私たちは戦っているのさ」


彼女はそう言った。しかし、見たところ戦いが好きではなさそうだ。


「何故、戦うのかって?闘いたいから闘っている君が、そんな事を聞くのか」


気になったので聞いてみたが、そんな反応をされた。ああ、とだけ返す。


「そうだな。それが私のやるべき事――

――いや、やりたい事だからかな」


返答は簡潔だが、力がこもっていた。


「まだ生きている。その内に、やれる事はやっておきたい。あの子達のために、ね」


あの子達とは誰か、と言うのは聞かない。

そんな事には興味がない。


「随分と簡単に流すんだね。今の話、色々と疑問があるだろうに」


どうでも良い、と返す。彼女は冷たく、しかし不満げな様子で、こう言った。


「わかった。では何だ、君の話でも聞かせてもらおうか」


話す道理がない。

特に面白いこともない。


「それでも、だ。君が面白くないと思うことでも、私には面白いかもしれない」


気が進まない。

しかし、自分が辿ってきた道を省みる。


「成る程。しかしまぁ、実に空虚だな」


彼女は、話をこの様に評価した。


――飲んだくれと同じだ。


酒を探し、

呷って呑み干し、

ひとしきり酔いしれてから、

また別の酒を探す。


馬鹿にされた様だ。……というか、文字通り馬鹿にされた。機嫌を損ねたので、少しばかり威圧する事にした。


「酒には肴が要るだろう。次を探す前に、休憩がてら愉しむものを見つけたらどうだ」


そう言って彼女は、荒れ果てた野に咲く花を指差した。


「さしあたっては、花だな。それが嫌なら、他の何かを。何だったら、私でも良いぞ?」


そう言った事はできないがな、と彼女は巫山戯る。仕返しで押し倒す気も出ず、深い溜息で応じた。


「まぁ、提案してみただけだ。ぜひ何か、肴になるものを探してみるといい」


――何で自分が生きているんだろうとか、そんな事を考えなくて済む様になる。


余計なお世話だ、と思った。

しかし、肴がいるというのは事実。

自分の美的感覚からすると、花と彼女では彼女の方が美しい。よって試験的に、彼女を『観察』する事にした。


「――これはまた、熱い視線だな。本気になってしまいそうだ」


彼女は心なしか嬉しそうだ。誘導は成功か、などとよくわからない事を言っていたが聞き流す。


彼女を一言で表すならば、「姉」だ。

何からみても上から目線。他人を放っておけず、呆れながらも手を差し伸べる。――彼女の刻限は、その度に迫って来る。


「――む」


その針が、Ⅺを超えた。

――死期を悟ったのだろう。

彼女は明らかに、急ぎ始める。


「もうそろそろ駄目な様だ。――全く。この点では本当に、君が羨ましいよ」


永遠の命。

終わり無きものを見て、彼女はそう言った。


「できれば、少しだけ。その力を分けてほしいものだ」


――代償は?

自分にしては珍しく、そんなことを訊いた。


「そう、だな。生憎私には、差し出せるものがない」


それでは駄目だな、と言った。

意地悪ではない。ごく当然のことだ。


「――だから、差し出すものは私だ。終わりかけている身だが、全て差し出そう」


――要するに、伴侶になってやる。

彼女はごく当然の様に、そう言った。


「どうせ君の事だ、ロクな恋愛もしたことがないに違いない。私とのソレは児戯に等しいが、やってみる価値はあると思うが」


何を言っているんだ、こいつは。

そう思った事は久しぶりだが、この発言に関しては本当に疑問だった。


「――で、どうだ。良いのか、駄目なのか」


駄目だと言ってやりたかったが、彼女を観察していた手前、どうにも言い辛い。……と言うよりも、彼女が何を差し出そうと、返答は変わらなかっただろう。


「本当か。いや、助かるよ」


実に嬉しそうな笑顔で、彼女はそう言った。

その笑顔の意味が、自分にはわからない。


その日から、色々と理解不能な体験をした。

わざと敵に見つかっては、ひと暴れして尻尾を巻く。何もないところを、二人でただゆっくりと歩く。冷たい鉄の上に頭を乗せられた上、何やらヒンヤリとしたもので撫でられる――と思ったら、急にどちらも暖かくなる。


これは何の花だ、私はこれが気に入っている、などと興味のない話に付き合わされて、退屈極まりない思いをする。しかしながら、抜け出そうにもうまく抜け出せない。彼女の両腕――たまに片手になる――に拘束された自分の左手は、物理的でない何かに縛り付けられていた。


「――襲ってくるかと期待してたのだがね」


する事もなく、彼女の寝相を観察していた時に、彼女は冗談めかして言った。寝ているものを襲う気は無いとだけ伝える。ソレは流儀に反していると。


「そうか。では、起きていると良いのだな」


ぐい、と引っ張られる。

――目の前が見えない。口が何かに塞がれた感覚がしたが、数秒もしないうちに消えた。


「いや、何。あの子達に大人ヅラがしたくても、接吻の経験すらなくては格好がつかないからな」


あの子達にはしたことがあるんだが、と彼女が笑う。呆気にとられて、色々と反応を忘れてしまっていた。


そんな事もあったが、奇妙な日常は一週間ほどで終わった。


「では行ってくるよ。――君はどうする?」


日も沈みかけた頃――此処では太陽など見えないが――彼女は問いかけてきた。仕事に行ってくる、というレベルの軽さで、彼女は死地に赴こうとしていた。


――面白いので、見届けさせてもらおう。


素直じゃないな、と彼女は笑った。

彼女に力を貸すと決めた以上、行かないという選択肢はない。


自分には彼女の寿命を伸ばす事はできない。自分にできるのはただ、彼女が死ぬまでに為すべきとした事を果たせるように、『共闘する』だけだった。


――そうして、彼女にとっての『敵』との決戦が始まった。


彼女は強かった。

そして、強さの中に儚さがあった。散りゆく者の綺麗さ、終わるものの美しさがあった。


いつになく大きな、輝きを放つ。彼女は文字通り、燃え尽きるつもりで戦っていた。

道を、彼女の進む一歩先を開く。そのために自分は力を振るい、有象無象をなぎ払った。


彼女はやがて、敵の首魁と対峙する。


その対立に用はない。

その決着に興味はない。

見届けるはただ、彼女の散り様。咲き誇って煌めき、枯れて堕ちてゆく、その一瞬。


――それは、どのような策略によるものか。


敵は彼女ではなく、自分を狙ってきた。あまりにも早い一撃だったので、思わず一瞬、反応が遅れた。


――見えたのは、紅い何か。

そして、致命傷を負って崩れ落ちる彼女。


「……君に抱かれるのは、これが初めてか」


――僅か一瞬の油断だった。

取り返せない過ちであり、そして何も変わらない。残り時間僅かだった砂時計が、器ごと壊れただけのこと。終わりまでのカウントダウンが、少し早まっただけに過ぎない。


馬鹿なことを、と嘲笑する。しかし、自分の言葉にはいつものようなキレがなかった。


「ははは、手厳しいな。何故か勝手に、体が動いたのさ」


――これはあれだな、愛というものだな。


死の間際に於いてすら、彼女はすこぶる流暢だ。思わず、笑みがこぼれてしまう。


無念を抱いて死ぬ者。

諦念を抱いて死ぬ者。

未練を抱いて死ぬ者など、死という恐怖の前では、生命は揃って負の感情を持つ。殺される時などは顕著だ。――病気で死ぬものの中には、眠るように死ぬ者もいるが。


――だからこそ。

自分にとって、笑って死ぬ者と言うのは未知だった。見たことのないものだった。


「――すまない、後は頼むよ」


出発の時と同じような、軽い台詞。

それが、彼女の最期だった。


嘆く事もない。

彼女は彼女の意思で、この道を選んだ。それしかなかったのではなくて、彼女はたくさんの道の中から、戦うことを選択したのだ。


怒る事もない。

彼女は勝手に、自分へ纏わり付いてきただけだ。こちらからは特に何もしていないし、貸しを作ったとも思っていない。


――だから、きっと。

この、湧き上がる力は。

溢れ出す激情は、何かの間違いだった。


振るった理不尽、暴虐の極み。

跡形もなく消し飛んだ、仇だったもの。

以って事は終わった。戦いとすら言えない、純粋な殺戮が完了した。


残ったのは、空虚ではなく悲哀。

愛でていた花が枯れた時の、どうでも良いけれど、どうでも良くない様な、そんな感覚。


見覚えのある誰かがやって来るまで、自分はずっと、彼女の亡骸を見つめていた。



時は流れた。


「――行ってしまわれるのですか」


そろそろ頃合いかと歩き出すと、『あの子』の一人に呼び止められる。


――此処には、もう用はない。


彼女がいなくても、『あの子』達は大丈夫そうだ。そう判断できた時、では此処を離れようと思った。


「そうですか。……では、これを」


『あの子』に渡されたのは、小さな宝石のブローチだった。生前の彼女と同じ、紅い輝きを放っている。


「妹が作ったんです。妹は、さよならと言っていました」


恐らくこれは彼女の形見。彼女だったもの。

拒否する理由もなく、受け取ることにした。


「では、お気をつけて。

――姉がお世話になりました」


彼女の妹に見送られ、歩き出す。

墓参りは済ませた。聞こえてはいないだろうが、自分にしては珍しく、言葉もかけた。


結局、得たものは何もなく。

どうでも良い宝物が一つ、どうでも良い思い出と一緒に、手元へ残っただけだった。


END































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