第3話

心が無いのではなく感情を教わっていない


あらすじ。雉間に聞いた噂を頼りに「人の姿をした鬼」を殺しにきた少女は、そこで人の心を持つ鬼、葵と出会う。交流を重ねる内に姉妹のように仲良くなった少女は、葵からモモという名前をもらう。そして村人たちの誤解を解くべく、葵は自分が敵対的な存在ではないことを知ってもらうための和平作戦に打って出ることにする。


で、最初は受け入れてもらえないが残ったお菓子をモモが美味しそうに食べるので、それにつられてみんな食べる。


・19話

「うう、自分で言い出してなんだけど、実際村の人たちと会うとなると結構怖いわね」

物陰から村の様子を窺いながら葵が呟く。その頭には大きな帽子を被っており、手にはお菓子の入ったバスケットを携えている。

「・・・?こわくない。鬼よりかはずっとよわい」

「モモからすればそうでしょうけど、そういうことを言ってるんじゃないの」

よし、と覚悟を決めて葵は村へ出る。

近くにいた親子と思われる男性と少年の2人組に声を掛ける。

「あの-」

「ん?なんだ」

男振り返る。

「おい、そこにいるのは鬼斬の子どもじゃないか」

「ちがう」

「は?」

「モモ」

「あー・・・モモって名前なんだな。はいはい」

男はさして興味なさそうに言う。

「へえ、こんな小さい子が鬼と戦ってるの?」

子どもは興味津々と言った様子で目を輝かせている。

「ねえ、なんか魔法みたいなことできたりするの」

「よせ。穢賊と関わってるのを村の連中に知られたらろくなことにならん。そんなことよりーー」

それからようやく葵に向き直って、訝しげに尋ねる。

「で?あんたなにもんなんだ。見ない顔だが」

「挨拶が遅れたわね。私は葵。村はずれのあの家に住んでいるの」

村はずれの家、ときいて男の顔に戦慄が走る。

「なーー!」

慌てて子どもを後ろにかばい

「おい、何やってる鬼斬!さっさとそいつを殺せ!」

しかしモモは動じない。

「鬼じゃない。アオイ」

「は?なにいってーー」

「鬼にみえる?」

とあくまで淡々ときく。鬼ごろしのプロのあまりに冷静な態度に対する混乱が、恐怖を上回ったのだろう。男は逃げもせず助けを呼ぶため叫ぶでもなく、まじまじと目の前の女を見つめる。「そりゃ、人間に見えなくもないが」

それからモモを向いて

「だが人間に化ける鬼くらいいるだろう」

「いる」

「ほらみろ、だったら見た目だけじゃ信用なんかできるわけねえ」

「ーーむらのにんげんにばけてることがいちばんおおい」

ヒヤリとするようなことを平然と言ってのける。

「俺たちの村に鬼がいるって言いたいのかよ」

「そうじゃない。でもアオイは鬼じゃない」

何度言えばわかってくれるのだろう、とモモは同じことを繰り返す。

「不躾なことを言ってごめんなさい。この子も悪気はないの。それに私たち喧嘩をしにきたわけじゃないの。むしろ少しでも仲良くできたらと思って。ほら、今日はお菓子をつくってきたんです」

差し出したバスケット

「人の姿した鬼と仲良くしろってか?冗談じゃねえ」

それがはたかれる。

地面にぶちまけられる手作りのお菓子。

「どうせ毒でもはいってんだろ。

「・・・・・・」

モモはそれを拾って食べる。

「モモ、お行儀悪いわ。落ちたものを食べるなんて」

「でももったいない」

「あとでまた作ってあげるから」

そういってお菓子をとりあげる。

「あ」

それから2人組に向き直り

「驚かせちゃったわね。突然ごめんなさい。私だって最初からうまくいくとは思ってないけど、でも、敵対するつもりがないことだけはわかってほしくて。・・・今日はこれで失礼するわ」

そういってモモを伴って帰る。

子どもは後に残ってお菓子を見つめてる。

「父ちゃん、これなんてお菓子?」

「やめとけ。なにがはいってるかわからん」

「あの子は食べてたよ」

「半分は鬼だからな。鬼には無害な食いもんなんだろう」

「でも母ちゃんが作るのより美味しそうだよ」

「それは・・・まあそうかもしれんが」


・20話

「はああああ」

家に帰った葵ががっくりとうなだれる。

「わかってはいたけど、実際あんな扱い受けるときついわね・・・」

「はなしわかってなかった。ことばつうじてない?」

「いいえ、そうじゃないわ。通じてないのは心よ」

「こころ?」

「そう。でもそれは私にもちょっと説明が難しいかな。モモもそのうち分かるようになるわ」それから背筋を伸ばして、

「でも、男の子のほうは興味持ってくれてたわよね。単に物珍しさだったのかもしれないけど。となるとまずは子どもたち向けに作戦を練ったほうがいいのかもしれない、か」

それからまたいそいそと何かの準備を始める。


それから数日後。

「なんだあれ?」

村はずれに見覚えのない珍奇な恰好をした女の人と恐ろしく大きな岩剣を背負った少女がいる。村の子どもたちはそのいかにも奇怪な2人を目にしてすぐ

「ダイキチが言ってた人の姿をした鬼じゃね?」

と気づいた。

それからひそひそと話を交わしながら遠巻きに不審者を見る。それにしてもこうして見ると滑稽である。鬼というのはもっと恐ろしくて、凶悪な見た目をしていて、こう、禍々しいオーラのようなものを放っているのかと思ったら間抜けな仮装をしてニコニコとこちらへ微笑みかけているのである。

「こんにちは。私、葵っていうの。今日は自分で作った紙芝居を誰かに見て欲しくてやってきたんだけど、よかったらあなたたち見ていかない?」

その言葉にみんな思わず笑う。

「ぶふっ、か、紙芝居だってよ!お、鬼って紙芝居好きなの?」

それを聞いた葵と名乗る人物(?)はむっと眉を吊り上げたが、それをすぐに隠してわざとらしい声色で

「あーそうかーじゃあしょうがないなー。せっかく美味しいお菓子とかたくさん作ってきたんだけどなあ」

言い終わる前に、傍らの少女はもうすでによだれを垂らして、期待のこもった眼差しで葵のことを見上げている。

「めちゃくちゃ美味しいんだけどなあー」

わくわく、待ちきれない、そんな言葉が顔に書いてありそうな少女に葵がお菓子を渡す。

「ーー!」

餌を投げ込まれた鯱か何かのように猛烈な勢いでかぶりつき、ほおばる。

「んんーーーー!!」

瞳に星がまたたく。

「・・・ごくり」

そのあまりに美味しそうな食べっぷりに少年少女の幼い理性が揺らぐ。ぶっちゃけ見た目はかなり美味しそうなのである。なにより、あの(たぶん鬼斬なのであろう)少女の食べっぷりが、もうたまらない魅力で誘惑してくるのである。うまいのか。それほどまでに。

「な、なあ。あんまりひとりでお菓子ばっかり食べてると親に怒られっぞ。けど、俺たちだって悪いやつじゃねえ。黙っておいたっていいぜ。その・・・少し分けてくれんなら」

「あ、お前ずりいぞ!」

「あら、食べてくれるの?ありがとう。はい、召し上がれ」

1人の手に渡ると次から次へとお菓子を求める手が伸びてくる。単純と言えば単純だった。ある意味では愚かとさえ言える。もし葵が村の大人たちが思い込むような悪い鬼であったら、今頃この子どもたちはすべて丸呑みにされているだろう。けれど、恐怖や偏見に目を曇らされていないその好奇心は、ある意味で純粋とか柔軟という美点でもあった。

まもなくほとんどの子どもたちにお菓子がいきわたる。もらえない子も出てきたが、大きいものをもらった子に半分分けて上げるよう呼びかけるなどして対処した。まもなく紙芝居が始まって、言うまでも無くこれは大盛況を迎えた。驚くことに、今回は又来てくれと向こうから頼まれまでした。作戦は大成功といってよかった。


・21話

それから村の子どもたちとの交流が増えた。もちろん反対する大人たちもいた。自分の子どもに葵のもとへ近づかないよう注意したり、葵を見つけるなり追い払おうとする者もたくさんいた。けれども、村の子どもたちにいつまでたっても実害がないこと、むしろ以前より楽しそうな雰囲気であること、なにより、鬼殺しのプロフェッショナルが鬼ではないと太鼓判を押している事実が次第に浸透していった。それにつれ、厳重な注意の元で、という条件つきならしばらく様子を見てもよいのではないかという意見が大勢をしめるようになりつつあった。

 葵は子どもたちから頻繁にたくさんの質問をされた。閉鎖的な村の中で一生を過ごす村の人たちにとって、外部からやってきた人間というのはまだ見ぬ広い世界を知っている知識の宝庫であり、異世界人の話を聞くように葵の話に耳を傾けた。


「なんで今までずっと引きこもってたの」

「え?そ、そうね・・・空き家に勝手にすんじゃったから怒られるんじゃないかと思って」

「お砂糖は貴重だってママが言ってたけどどうしてこんなに持ってるの」

「旅をしてる友だちがときどき譲ってくれるの」

「雪ってみたことある」

「あるわ。とっても綺麗で幻想的な光景よ。でも寒いから私はあんまり好きじゃないわね」

などなど。

当然モモも好気の的となり、たくさんの質問を受けた。

「今まで何体くらい鬼を殺してきたの」

「かぞえてない」

「鬼と戦うのは怖くないの」

「・・・?あたりまえ」

「いままで一番強かった鬼はどんなの」

「かおが3つあってうでが6ぽんあったの」

腕力の並外れて強いモモは子どもたちとまったく同じように遊ぶことは出来なかったけれど、それはそれで子どもたちなりに規格外の力を楽しんでいるようだった。モモはこの村に来て「ともだち」というものがたくさんできた。

もっとも、人間認定を受けた葵と違い、片子であり穢賊であるモモに対する大人たちの扱いは、皮肉なことにいっこう改善されなかったけれど。それでも子どもたちの中には人を守るために怪物と戦うモモを英雄視するものもいくらかあった。穏やかな日々を笑顔に囲まれて過ごした。モモは珍しく鬼を一体も殺さない日々を送っていた。むずがゆいような、こそばゆいような気持ちがして落ち着かなかったけれど、なんだか悪くないような気もしていた。岩剣を家に置いたまま外へ出歩くことも増えた。


ところが、そんなつかの間の平穏さえ長くは続かなかった。

葵もモモも知るよしもなかった。

破滅の予兆は、いつも日常の些細なところに隠れているということを。


この日も葵邸にはたくさんの子どもが遊びに来ていた。この頃になると、物々交換や村の外の情報を得るために足を運ぶ大人たちの姿も見えるようになっていた。

「ねえ、いつになったら帽子はずしたとこ見せてくれるの」

「あ、ちょっと!」

この日もしつこく子どもらが葵の帽子を狙ってくる。

肌身離さず帽子をつけていることは「帽子を被るのが好きだから」で通していて、そのこと自体にはなんの問題も無かった。けれど、毎日毎日帽子を被っていることが「帽子をとった姿」に対する好奇心を育ててしまう結果を招いた。そのとき何かの細工をして、ほら、なにもないでしょと見せればよかったのだろうけれど頑なに拒み続けたことが余計に事態を悪化させた。「こらやめなさいってば!」

必死になってつい手荒く振り払う。すると向こうも向きになって

「いいじゃんかよ、ちょっとくらい!」

強引に飛びかかってくる。そして帽子が取られてしまいーー

「へへっやったぜーーあれ?」

帽子の下にあるのはごく普通の女の人の頭だった。丸くて、髪の毛があって、それだけ。どこか禿げているとか、角が生えているとかいう面白いことはなんにもない。

「なんだよ、つまんねえの」

「で、でしょ?ほら、わかったらはやく帽子返しなさい」

「べつに必死に帽子かぶることないだろ。なにをそんなにーー」

ぺたぺた頭を触っていると

「ん?」

こつん、と指の先に硬い手応えがあった。

「これ、って・・・」

「あーー」

そのときにはもう遅かった。

「鬼だああああああ」

髪の毛の中に、角を削り取ってそれを焼いて塞いだ痕跡がある。それを見つけてしまったのだ。ああ、もうおしまいだもうここにいられなくなる、と葵は青ざめたが。

「すげえ、ホントに鬼だったんだ!」

帰ってきたのは予想と異なる反応だった。

「え?」

「へー本当に鬼っていたんだな。モモも半分は鬼ってきいたけど、これって100パーセント全部鬼ってことだよな!火とか噴けるの!?」

「いえ、そういうのは、できないけど」

「えー?じゃあなにができるの」

「えっと、お菓子づくりとか、お裁縫とか・・・」

「そういうんじゃなくてさ」

葵の正体を暴いた少年は鬼というものに興味津々な様子である。鬼に襲われる本当の恐怖を知らない無知故の侮ったものの見方であることはいなめないが、モモという片子がいかにも無害な振る舞いをしてくれていることが鬼に対する敵対心を和らげてくれたのだろう。

「え、鬼って本当に・・・?」

とはいえ、鬼ときいて動揺を隠せない子供らもいる。むしろそちらが健全な反応なのだ。事実世の中には人を襲う鬼のほうが過半数を占めるのだし、彼らはそういう教育という洗脳を生まれたときからたたきこまれているのだから。

部屋の中には未知の存在に沸き立つ一部の子どもと、急に恐怖心を覚え泣き出すもの、事態をどう受け止めて良いかわからずに動揺するものとに分かれ、異様な様相を呈している。

「・・・とうとう。ばれちゃったわね」

俯く葵の表情に影が落ちる。

「みんな、今日はもう帰りなさい。そしてもう、ここには二度とこないことね」

「別にいいじゃんか、鬼だって」

すべての人間が鬼に敵対しているわけではないのだろうけれど

「あなたのように思ってくれない人間もいるの。その方が多いの」

少年は不服そうな顔をする。たぶんお菓子や遊び相手が欲しいだけなのだろうが、自分にそんな表情を向けてくれる人間と出会ったことは今までなかった。だから、その表情だけでも十分だった。たとえ一時でも人間とこうしてふれ合い、交流を結ぶことができただけでも。

「さ、早く帰って。もうお開きよ」


・22話

「・・・・・・」

葵は机に肘をついて両手で顔を覆う。

「もう、終わりね」

とうとう終わってしまったのだ。なにもかも。楽しかった日々も、幸せも、人間として暮らした偽りの時間も。そう最初からすべてが偽りだったのだ。最初から鬼だと名乗っていればまずこんなことにはならなかった。人間と関わり合いになりたいなどと願わなければ、こんな悲しみも味会わずにすんだ。最初から、たったひとり、誰にも知られないところに隠れてさえいればーー。

 けれど、できなかった。このもてあました「人と関わりたい」という願いこそが葵の〈霊魂の嘆き〉だったから。鬼として二度目の生を受けた彼女には自分の最も大切な願いから目をそらして生きることなど最初からできなかったのだ。

「・・・なんで」

うなだれる葵に、無垢なモモが質問を発する。

「アオイ、鬼じゃないのに。なんで鬼って言ったの?」

「え、ああ、そのことなんだけどーー」

ああ、そうか。自分はまだこの子を騙したままだったのか。

そんなことが頭をよぎったとき、葵は自分が犯したもうひとつの罪に気づいた。自分の正体が鬼であるとばれてしまったということは、それを今まで傍でかばってくれていたモモまで村人を欺いた悪人と見なされてしまうのだ。何度も何度もモモは自分は鬼ではないと証言してくれた。そのおかげで信用を得ることができたけれど、それが翻ってよりいっそう大きな不信となってしまう。つまり、モモが、ひいては大和中のすべての鬼斬が今まで異常の偏見と迫害にさらされてしまうのだ。自分という、たったひとりの愚かで哀れな鬼のせいで。

「モモ、ちょっと外まで出てきてちょうだい」

葵は外に出て、村を見下ろす。人の口に戸を立てることなど誰にも出来ない。だからこそ最初から口止めもなにもしなかった。今頃村中は人の姿をした鬼と、それと共犯関係にある鬼斬の話でもちきりだろう。早ければ今晩にでも、つまり、もうそろそろ討伐隊が来てもおかしくはないのだ。 

子どもたちを皆殺しにして口封じをし、逃走時間を稼ぐことも出来たのに、あえてそうなかった葵の心中など誰も知ろうとはしないはずだから。

見ると、もうすでに松明の明かりが列となってこちらに向かってくるのが見える。それは鬼火の葬列のようだった。あれが間もなくここへ到着して自分とモモを殺しにかかるのだ。もはや時間は残されていない。弁解の余地など、なおのことありはしない。

となれば、自分が選べる道はたったひとつーー。

「ごめんね、モモ、あなたを騙してた。私本当は鬼なの」

葵は月明かりの下で、初めて自分の「ともだち」になってくれた少女に微笑む。

こんなことで信用が取り戻せるのかは分からないけれど、

「だからあなたは、私を殺さなくちゃいけない」

それ以外にモモを生かす方法が思いつかなかった。

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