第2話
・11話
家である以上は一応門から入らなければならないことは、かろうじて知っている。
けれど、どれが門なのかわからない。壁に囲まれたもののうえに屋根がのっている。
それが少女の知る家のなかだった。少女もまた野生動物と変わらない生活をしていたから
人里の暮らしという者がよくわからない。
「・・・・・・」どこか入れる場所はないかとぐるぐるぐるぐる外を回る。
何度も何度も何度も何度も。
「・・・・・・」
けれどもどこが「玄関」なのかは分からない。
「しかたない。こわそう」
そうおもって岩剣を振り上げると
「ちょっとまって!」
部屋の中から人の声がした。
「・・・・・・?」
おかしい。鬼はふつう言葉を話さない。人間が中にいるのだろうか。
「鬼はどこ?」
「お、おにですって?そそそ、そんなものはここにいないわよ」
「でもいるってきいた」
「ま、まちがいじゃないかしら。ただのうわさでしょう?」
「なにかしらない?」
「いえ、べ、べつにわたしは」
少女は花をすんすんして匂いを確かめる。人でも獣でもない匂い。
鬼・・・のようでもあるけれど、でも嗅いだことのない匂い。
人間、に近いかも知れない。
「・・・?」
わからない。へんなことがあるものだ。首をかしげていると、
「お、おじょうちゃんは今ひとりなの?」
「いつもひとり」
「ほんとうね、ほかにはだれもいないのね?」
「そういってる」
「ほ、よかった。じゃあ、よかったらうちにあがらない?」
「鬼を殺さないと」
「そ、そそ、それに関わる大事な話もあるのよ」
「・・・・・・・」
鬼に関わるというなら話を聞かねば鳴るまい。
「でも、どこがいりぐち?」
「え?」
「どこからはいればいいかわからない」
「あ、ああ。そういうことね。こっちよ、こっちからいらっしゃい」
壁のひとつがかちゃりとあいて、フードをした女の人がでてきた。
・12話
招き入れられるまま中にはいーーろうとして。
「・・・・・・」
がん、と岩剣が入り口にひっかかる。
「・・・・?」
いったん肩からはずして、それをかついで中に入る。
「おお、お、お嬢ちゃんは鬼斬なのよね?」
「そう」
左手の鬼印を見せる。
「鬼を殺しにきた」
鬼、という言葉に女が反応する。
少女はまたすんすん鼻を鳴らして、女の匂いを注意深くかぐ。
「ちょ・・・なにかしら」
「にんげん・・・?鬼・・・?」
「わ、わたしのことを疑っているの?」
「へんなにおい」
「私は鬼じゃないわよ。鬼ってほら、もっと恐ろしいでしょ?」
「たしかに」
それに言葉も話さない。なんか怪しいけど、この人は人間っぽいし。でも、変な匂いもする。
「それとって」
女に頼むと
「とらなかったら、どうするの?」
「・・・?どうもしない」
「大丈夫よね、大丈夫。村の人たちより優しそうだし。見せるだけ、そう見せるだけ」
女はそういってフードをとる。
その下には角があった。
・13話。
「つの・・・・」
少女は考える。角のはえた人間なんてみたことがない。つまりーー
「鬼・・・?」
腰の脇差に手を伸ばす。
「ちょちょちょまって、ほらこれでどう!」
女は慌ててフードをかぶる。少女脇差から手を離す。
「ほ」
「それ、とって」
「はい」
また少女脇差しに手を伸ばす。
「ちょ!まってまってまって!」
「でも、鬼、殺さないと」
「ちがうちがう、私は鬼じゃないのよ!」
「じゃあ、にんげん?」
「そういうわけでもないけど」
「じゃあ、鬼」
「だから違うってば!!」
「・・・?」
少女首をかしげる。鬼でも人間でもない。つまりそれは・・・
「じゃあなに」
片子かもしれない、という発想も出てこなかった。少女は自分が何者であるかも知らない。
「私は葵。葵っていうの」
「あお、い・・・」
「そう。私は人間でも、鬼でもなくて、葵という名前なの。わかったかしら?」
「・・・・うーん」
よくわからない。よくわからないけど、鬼ではないと行っているし、鬼ではないかもしれないところもある。
「そうだ、お嬢ちゃん。そういう恰好ってことは、あんまり美味しいもの食べてないでしょ。お風呂もあんまり入ってないみたいだし!どう?せっかくだからここでゆっくりくつろいでいってみたら!」
やけに熱心に誘ってくれる。
「たべものくれるの?」
「そうそう、あげちゃう!」
「おお・・・」
少女目を輝かせる。
「じゃあ、もらう」
「いいわよ。でもその前にまずはお風呂はいりましょうね」
「せっかく可愛い顔してるんだから綺麗にしてあげなくちゃね」
わしゃわしゃ洗って上げる。少女は素直にされるがままに大人しい。
まるで拾った犬みたいだ。
ただお風呂になれていないのかときどき落ち着かなさそうなな顔をする。
「・・・こそばゆい」
「でも冷たい川よりかはあったかいお湯がいいでしょ?」
「・・・うん」
本当は泥やらなにやらに汚れていたほうが気取られにくいし、
身体を洗っている変な匂いのすべすべした石なんかの匂いがつくと「しごと」に支障を来しそうなきはするけれど、断ろうという気にはなれなかった。
「あら、これ」
葵は少女の身体が傷だらけなのに気づく。
こんな年端もいかない子どもが片子に生まれたと言うだけで鬼斬として
死と隣り合わせの過酷な戦闘に従事させられているのだ。
そして少女はそれに疑問を持つことすらしない。
「あなた、ずっと戦ってきたのね」
傷をなぞる。
「あたりまえ。鬼斬だから」
葵は笑って
「そうね、仕方ないわよね」
けれどその目は悲しそうだった。
・14話
風呂から上がる。髪を乾かす
「すんすん。いいにおい」
自分の身体のにおいをかぐ。
「でしょう?やっぱりあなた可愛いじゃない。髪もすっごくさらさらだし」
こうしていると瞳もまんまるくてお肌もすべすべでお人形さんみたいに愛らしい。
こんな子が、純粋そうな子が、服で隠された傷を思い出す。それを振り払うように
「よし。じゃあ約束通りご飯をご馳走するわ」
魚やら野菜やらを振る舞う。少女は訝しげに指でつついてそれからひょいとかじる。
箸の使い方も知らない。
「ーー!」
それから少女は見た目とは裏腹にものすごく食べる。
「どう?おいしい?」
こくこく頷いて
「おふぃひぃ」
口の中にたくさんほおばったままいう。
「ありふぁふ」
「え?」
「ありがつ」
「ふふふ、どういたしまして。ほら、デザートもあるわよ」
「でざーと・・・?」
「甘くて美味しいもののことよ」
そういって桃を渡す
「そういえばあなたの名前を聞いてなかったわね」
「おにぎり」
「それはお仕事でしょ?自分だけの名前とかはないの」
「・・・?みんなおにぎりってよぶ」
「・・・自分の名前も、与えられてないのね」
それから葵は
「じゃあ、あたしがあなたのつけてもいい?」
「かまわない」
「そうねえ、どんな名前がいいかしら」
で美味しそうに桃を食べてる姿を見て
「それ、美味しい?」
「うん」
「きめた、あなたの名前はモモよ」
「モモ?」
「そう、私は葵で、あなたはモモ。どうかな気に入ってくれたかしら?」
「・・・」
「あちゃあ、ほかのなまえがよかったかな」
「そうじゃない」
「え?」
「なんていえばいいかわからない。こんなきもち、しらないから」
そうして少しだけ照れくさそうに頬をそめて
「でも、ありがつ」
といった
・15話
それからモモは葵の元で一緒に過ごした。毎朝一緒にご飯を食べ、毎昼お昼寝をして、毎晩一緒にお風呂に入っては同じ布団で眠った。たくさんのお話をした。葵はモモの知らないことをたくさん知っていた。絵本も読んでもらって、少しずつ色んな言葉を覚えていった。文字の読み書きも、簡単なものだけはできるようになってきた。
来る日も来る日も獣のように鬼を殺すだけだったこれまでとは、まるで違う日々の彩りだった。優しくて、あたたかくて、心地よかった。最初無表情しか示さなかったモモもだんだんと笑顔を見せるようになってきた。
そんなある日、川で魚をとって帰りのことだった。
葵の家の近くに人間がいる。村の者であろうその人らが何か話している。
「なんだよ、結局どうにもなってねえじゃねえか」
「仕方ねえだろ。あの鬼斬まだガキだったんだからよ」
「つっかえねえな、ほんと」
「でもよ、ほんとに鬼なのかな」
「あ?なにが」
「ここにすんでるやつさ。こんなに村の近くに住んでるのに俺たちを襲わねえっておかしいだろ。それに鬼は家なんかにすまないって聞いたことあるぜ」
「ばっか。知恵をつけた鬼くらいいんだろ。どうせ何かの罠にきまってる。せめて今日はここに何体いるかくらい確認して帰ろうぜ」
「・・・アオイにようなの?」
少女は声を掛ける
男2人はあわててぎゃあと叫ぶ
「鬼斬!」
「なんだよ生きてんじゃんかよ」
「・・・・・・?」
一向に用件が見えない
「お前鬼斬だろ、ちゃんと仕事しろよ」
「しごとしてる」
モモは加護の中の魚を見せる。
「はあ?そんなんじゃねえよ。鬼がそこにいるんだから退治しろっていってんだよ」
「鬼じゃない。アオイ」
「あん?」
「あそこにすんでるのは鬼じゃなくてオアイ。鬼じゃないから殺さない」
要はすんだとモモはすたこらさっさと去って行く。
はやくこれをアオイに「ちょーり」して欲しかった。
「おい待てよ。それはどういう意味なんだよ」
「ことばどおり。アオイは鬼じゃない。アオイはあなたを殺さない。だからわたしもアオイを殺さない」
「・・・・・・」
どう受け止めればいいかわからない顔をしている村人たちを置いて家に入る。
「ただいま」
「おかえり、モモ。大丈夫だった?」
家に帰ると葵が出迎えてくれる。
「なにが?」
「だってさっき外で村の人たちと話してたでしょう?なにか悪いことでも起きたんじゃないかって」
「あのひとたちはわたしに鬼を殺せといってきた」
「え?」
「だから鬼はいないといってきた。ここにいるのは、鬼じゃなくてアオイ」
そういって魚を手渡す。
「・・・ほ。ありがとう、モモ」
「うん」
「まあ、今日もたくさんとれたわね。それで、村の人たちはわかってくれたのかしら」
「よくわかんないってかおしてた」
「そりゃそうよねえ。うーんどうしようかしら」
考えているとモモのお腹が鳴る
「・・・ごはんたべたい」
「あら、ごめんなさい。まってて、すぐ作るから」
・16話
「鬼ってひとくちに言っても悪いひとたちばかりじゃないんだけどね」
ご飯を食べながら葵はそうつぶやく。
「ねえ、モモはどうして鬼を殺すの?」
そういう風にしか育てられなかった子どもにこんな問いを投げるのは酷かも知れないが。
「・・・?鬼だから」
モモはなぜそんなことを聞くのか不思議そうな顔をする。
「そう、よね。じゃあ、どうして鬼を殺さなきゃいけないんだろう」
「鬼だから」
即答である。
「鬼斬としては、満点の答えかも知れないわね」
そう微笑む葵の目元には悲しみが漂う。
このままが良いのかも知れない。その方がこの子にとっても幸せだろう。なにも知らず、何も疑わず、純粋に、無垢に。そうやって生きていた方がずっと楽で、苦しみが少ない。もとより、この子は希もしないのに片子に生まれ落ちて何を選ぶ自由もなく、鬼斬なんてものに仕立て上げられたのだからその上また重荷を背負わせるのはあまりに酷すぎる。そして身勝手な話。
けれど、葵はその純粋さに、無垢さに希望を感じてもいた。何度か鬼斬の手から逃れてきたことがあったけれど、他の鬼斬ならばこうはいかない。もちろん鬼斬にも色々いるのだろうけれど、大抵は逃れられない宿命に縛れて否応なく鬼を殺しているうちに、なぜ鬼を殺すのかなどということはどうでも良くなってくる。
けれど、だからこそ、もし鬼と人間が共生する道を探すとするなら、その間にたって架け橋となる人間が現れるとしたら、鬼でもありヒトデもあり、偏見にも妄念にも囚われない、そういう鬼斬しかありえないだろうとも考えていた。
ーーでも、いいんだろうか。
なにを望むことも、選ぶこともしらないこの子に、これ以上の苦しみを背負わせるなんてこと、許されるんだろうか。
「・・・どうしたの?」
モモがこちらの顔を覗き込んでくる。
「どこかいたい?」
「いいえ、なんでもないわ」
食べ物を口に運ぶ。
そうだ、やめにしよう。この子は今やっと人間らしい生き方にも触れ始めたところなのだ。これでいい。これまでもこれからも、この子の人生は血で血を洗う戦いに塗りつぶされてしまうのだ。だから、今くらい、なんの責任も難解さもない楽しいひとときを過ごさせたってよいではないか。そう考えた。けれどーー
「おしえて。まんてんじゃないこたえ」
「え?」
「どうして鬼を殺さなきゃいけないの」
葵は知るのだった。モモに人間らしい生活をさせてしまった時点で、自分は罪を犯しているのだと。
・17話
彼女はもう、ここに来るまでの無教養な獣でも、野蛮な野生児でもない。言葉や挨拶を覚え、感情の機微を知り、自分から何かに疑問をもつほどの好奇心をもってしまったのだ。あるいは自分が関わらずとも、成長に従いそのステップはやってくるだろう。けれどもなんにしても、そのステップに今関わっているのは自分なのだと言うことを葵はこのとき意識した。
「そうね、それを教えるにはまず、鬼がいったい何者なのか話さなくちゃいけないわね」
そう前置きして、葵は語り出した。
結論から言えば、鬼とは元々人間だったもののなれの果てである。
ではどのようにして人間が鬼になってしまうのか。
それには人間の魂というものが関わっている。普通、人間の魂というのは死後肉体を離れた際に一度霧散し、黄泉に送られ転生して再び地上に戻ってくる。水が蒸発して雲となりまた雨になるように。ところが、死後も妄念や未練によって黄泉送りを拒み地上を彷徨う怨霊や、生きた肉体に宿っていても執着や欲望を肥大化させ不安定なあり方を生霊なども存在する。それらが〈霊魂の嘆き〉と呼ばれる力によって災鬼喰らい(超常現象)を起こすことがある。
その1つに鬼憑きというあり、これこそが人が鬼になる最大の原因である。鬼憑きとはその名の通り、怨霊や生霊がある人間に取り憑いてしまうことだが、ここに大きな問題がある。本来肉体という1つの器には1つの魂しか宿れないようになっている。にも関わらず、怨霊や生き霊が無理矢理人間を食らい、憑くとによって、食らわれた人間は人の理を外れ、その結果鬼になることがある。鬼になった人間は自分を食らった妄念や執着に支配されて彷徨うことになる。
当然、憎悪や殺意や復讐心から生まれた鬼は人を襲う。殺し犯し奪い壊す。理性も知性もなく、衝動のままに暴れ狂う。ところが、人の持つ妄念は未練はなにも敵意だけではない。もっと人と接すればよかった、もっと好きなことをして生きればよかった、もっと誰かに優しくすればよかった、そういう想いから生まれる鬼だっているのだ。それらは決して敵対的名行動をとらない。友好的で穏やかで、平和な態度を取る。けれども人間から見れば鬼であることには変わりがない。ゆえにそのことを知らない人間は、悪い鬼が無差別に人間を襲うのと同じように、無差別に鬼であるという理由だけで友好的な存在を殺そうとする。
確かに人間ではない。寿命もないし、超常的な力を持ってもいる。けれど心をもつ点においては人と全く変わらない。
そこで葵は言う。なぜ鬼を殺さなければならないかと聞いた。
それは鬼が悪いことをするから。
誰かの大切な人を傷つけたり大切なものをわざと奪ったりする。
それらは悪いことなの、だから守る人がいなくちゃいけない。
たぶん、鬼斬っていうのは、鬼を殺す仕事というのは、本当は誰かを守るためのものなんだと思う。
・18話
「ごめんなさい。あんまり面白くない話だったわね」
誤魔化すようにお茶を口に運ぶ葵。
「でもそうね、私もこんなところに引きこもって置いて自分を理解して暮れだなんて甘えたことを考えていたもの。人のことは言えないわ」
それからため息をついて
「そのせいで鬼だなんだって、殺されそうになっているんだし」
それを見たモモ
「だったらいえばいい」
「え?」
「わたしにいったみたいに、鬼じゃない、アオイだっていえばいい」
「でも、そんな簡単にみんな信じてくれるかしら」
「わたしはしんじた」
みんなあなたみたいに純粋じゃないの、とは言わない。せっかくできた友だちが、こんな自分でも信じてくれた妹みたいなこの子が、自分のために言ってくれたことなのだ。なにもしなくても村の人間がここを襲うのは時間の問題だろう。どのみちこの家も捨てて逃げ延びなければならないというのなら、打てる手はすべて打ってからでも遅くはない。
「そう、ね。私みんなに話をきいてもらいにいく。他人に期待したってしょうがないんだし、変えようとするなら自分にしなきゃね」
それから、葵の和平作戦が始まった。
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