第6話


「うう、自分で言い出してなんだけど、実際村の人たちと会うとなると結構怖いわね」

 木陰から村の様子を窺いながら葵が呟く。

 その頭には大きな帽子を被っており、手にはお菓子の入ったバスケットを携えている。

「……? こわくない。鬼よりかはずっとよわい」

「モモからすればそうでしょうけど、そういうことを言ってるんじゃないの」

 よっぽど緊張しているのか葵はそれからもしばらく、ぶるぶる震えていたが、あるとき「よし」と呟くと覚悟を決めて村へ出た。

 そうして近くにいた親子と思われる男性と少年の2人組に声を掛ける。

「あのー」

「ん? なんだ」

 男が振り返る。

 葵はその男に、とびきりの愛想笑いを振る舞いながら、

「実はあたし、あそこの山に住んでるんだけ――」

 ――が。

 葵が本題を切り出す前に赤い瞳の少女が男の注意を引いてしまった。

「おい、そこにいるのは鬼斬の子どもじゃないか」

 そう問われて、モモは答える。

「ちがう」

「は?」

 鬼斬の少女は自分のことを指さしながら、

「モモ」

「あー……モモって名前なんだな。はいはい」

 男はさして興味なさそうに言う。

 名前が何であろうと、穢賊は穢賊だ。そのことに変わりはない。

 すると、今度は子どもの方が関心をもつ。

「へえ、こんな小さい子が鬼と戦ってるの?」

 子どもは興味津々と言った様子で目を輝かせている。

 鬼というものをその目で見ずにすんでいることは、極めて幸運なことではあるものの、童話や噂で空想を膨らませた子どもというのは、得てして今まで見たことのない未知の生き物に対して大人以上に興味を抱きやすい。

 それゆえに、目の前の鬼の血を引く少女のことも、気になって仕方がない。

「ねえ、なんか魔法みたいなこととかできたりするの?」

 わくわくした目で色んなことを熱心にたずねたがるが、

「よさないか。穢賊なんぞと関わってるのを村のみんなに知られたらろくなことにならん」

 その純粋な好奇心も常識的な大人によって妨げられる。

 男は用心深く子どもと鬼斬の距離を取らせてから、

「そんなことより――」

 ようやく葵に向き直って、訝しげに尋ねた。

「で? あんたなにもんなんだ。見ない顔だが」

 やっとこさ話題が自分のほうへ回ってきた葵は、第一印象をパーフェクトなものにするべく渾身の営業スマイルを解放する。

「挨拶が遅れたわね。私の名前は葵。村はずれのあの家に住んでいるの」

 ニコッと器用に微笑むのだが、ほとんど用をなさなかった。

 村はずれの家、と聞いた瞬間男の顔に戦慄が走ったのだ。

「な――!」

 男は慌てて子どもを後ろにかばうと、すぐさまモモに命じる。

「おい、何やってる鬼斬! さっさとそいつを殺せ!」

 しかし本来誰よりも敏感に反応すべき鬼斬が、切羽詰まった男とは対照的に無反応だ。

 それどころか、なぜそうも警戒しているのかとでも言いたげな目をして、淡々と言い放つ。

「鬼じゃない。アオイ」

「は? 何を言って……」

 村人は当然、その言葉をどう飲み込んだものか分からない。

 そこでモモは葵を見ながら男にたずねる。

「鬼にみえる?」

 すると、鬼殺しのプロのあまりに冷静な態度に対する混乱が、恐怖を上回ったのだろう。男は逃げもせず助けを求めて叫ぶこともしないで、ただただ鬼斬と鬼であるはずの女を見比べる。

 わけがわからん、とどこか投げやりな風に呟いて、

「そりゃ、人間に見えなくもないが……」

 一歩だけ譲歩したものの、すぐにまた顔つきを険しくして、

「だが人間に化ける鬼くらいいるだろう」

 と切り返すと、

「いる」

 鬼斬はあっさり肯定した。

 男はとたんに調子づく。

「ほらみろ、だったら見た目だけじゃ信用なんかできるわけねえ」

「でも――むらのにんげんにばけてることがいちばんおおい」

 もちろん、鬼の中には人間の姿に化けることのできる者もいる。

 男の言うとおり「見た目だけじゃ信用なんかできるわけ」がないのだ。

 「擬態種」と呼ばれるそれらの鬼は「野生種」の鬼よりも知能が高く、社会的な行動も含めて人間を模倣する力に長けている。

 そうして普段は人間のふりをして社会に溶け込み、ある日突然、連続殺傷事件やテロを決行するのと同じように、より多くの人間を殺害し、共同体に損害を与え、人々の生活を崩壊させるために活動する。

 ただ、モモの言ったことが不穏かつ物騒であることに変わりはない。

 男は露骨に気分を害された顔をする。

「俺たちの村に鬼がいるって言いたいのかよ」

「そうじゃない。でもアオイは鬼じゃない」

 モモが自分をかばってくれているのは嬉しいが、意図せず険悪な空気になったことに葵は気まずい思いをした。

 これ以上関係に亀裂が入る前になんとかしなくては……そう思い慌ててフォローを入れる。

「不躾なことを言ってごめんなさい。でもこの子にも悪気はないの」

 保護者のようにモモの頭にそっと手を置きながら話す。

「それにあたしも喧嘩をしにきたわけじゃない。むしろ少しでも仲良くできたらと思って。これ、よかったら召し上がってもらえないかしら」

 差し出されるお菓子の入ったバスケット。

 ようやくこれを渡すところまでこぎつけた。それだけでも昨日と比べれば大きな進歩だ。とりあえずこれを受け取ってもらったら今日のところはこれで帰ろう――

 ――そんなことを、思っていたのだが。

「鬼と仲良くしろってか? 冗談じゃねえ」

 ――しかし、それは無情にもはたき落とされる。

 葵が差し出したお近づきのしるしに対し、返されたのは血も涙もない冷酷な拒絶だった。

「――あ」

 地面にぶちまけられる手作りのお菓子。

 喜んでもらおうと、精一杯の準備をしてもってきた、そのお菓子。

 無惨にも地面に落ちたそのまわりに、黒い蟻が群がっていく。

「んなもん誰が食うか。どうせ毒でもはいってんだろ」

「……………」

「二度と村へ近寄るな。次に近寄ってきたらぶっ殺してやるからな、この穢賊め」

 そんな罵詈雑言を浴びせかけられても、しかし、どうすることもできなかった。

 葵は悲しそうな、悔しそうな沈鬱な表情でただただ黙るばかり。

 黙って、ぐっと歯を食いしばって足下の蟻に運ばれていくお菓子を見つめる。

「……はむ」

 ――が。

 そんな最悪な空気の中で、一人だけで空気を読まない人物がいた。

 男と葵の軋轢にもおかまいなしに、モモが落ちたお菓子を拾って食べ始めたのだ。

 ここに来てもマイペースな行動。いいにつけ悪いにつけ、どこまでも単純なのだ。

 葵は自分の辛い気持ちも忘れて、反射的につい注意する。

「お行儀悪いわよ。落ちたものを食べるなんて」

「でももったいない」

 モモはよっぽどお菓子が気に入ったのか、それとも単に食い意地が張っているだけなのか、がしがしと食べ進める手をとめようとはしない。

「あとでまた作ってあげるから」

 そう言うとモモの手からお菓子をとりあげる。

「あ」

 それから男と子どものに向き直って、

「突然ごめんなさい、驚かせちゃったわね」

 気を強く持ちなおし誠実に想いを伝える。

 こうなるかもしれないとは、もちろん予想だってしていたのだ。

 ショックはショックだけれど、このくらいでくじけてはいられない。 

「あたしだって最初からうまくいくとは思ってない。でも、仲良くしたい気持ちだけは分かってほしくて。……今日はこれで失礼するわ」

 言うだけ言って、男がまた何か難癖をつける前にモモを伴って帰る。

 ……その姿が見えなくなった後。

 残っている子どもが地面に捨てられたままのお菓子を見つめながら言う。

「父ちゃん、これなんてお菓子?」

「やめとけ。なにがはいってるか分からん」

「あの子は食べてたよ」

 指をくわえながら、物欲しそうに見つめるばかり。

「半分は鬼だからな。人間を食う奴らは胃袋も丈夫なんだろうよ」

「でも母ちゃんが作るのより美味しそうだよ」

「それは……まあそうかもしれんが」

「ボク、これ食べたい」

「…………」


「はああああ」

 家に帰った葵ががっくりとうなだれる。

「わかってはいたけど、実際あんな扱い受けるときついわね……」

 自分がなにか悪いことをしただろうか?

 どうしてあんなヒドいことを言われなければならないのだろう?

 そんな風に、つい村人を責めたくなってしまう気持ちも起こったけれど、どうにかそれを必死に押さえ込む。こうなることは分かっていたんだもの。それに、そう言いたくなる気持ちだってまったく分からないわけじゃない。

 ああ、でも、辛いなあ。

 そんな風にうちひしがれる葵を見て、モモがたずねる。

「はなしわかってなかった。ことばつうじてない?」

 モモも日頃から感じていた疑問を口にする。

 どうしてなのか、口にした言葉が口にした通りに伝わる方が少ないのだ。

 それはつまり、言葉が通じていないということなのではないか。

 その問いかけに、葵はそのったように微笑みながら答える。

「いいえ、そうじゃないわ。通じてないのは心よ」

「こころ?」

 首をかしげるモモの胸に、優しく手をあててうなずく。

「そう。それが通じてないと、いくら一生懸命に話しても分かってもらえないの」

「こころってなに」

「……それはあたしにもちょっと説明が難しいかな。でも心配いらないわ。モモもそのうち分かるようになるから」

 それからうんと背筋を伸ばして、気合いを入れなおす。

「でも、今日だって男の子のほうは興味持ってくれてたわよね。……単に物珍しかっただけかもしれないけど」

 けれど、どういう種類のものであっても関心を持ってもらえるならば、どこかに突破口はあるはずなのだ。

「となるとまずは子どもたち向けに作戦を練ったほうがいい、ということね」

 顎に手を当てながら思案顔になる。

 これからは忙しくなりそうだ。

「そうと決まったら、さっそく準備に取りかからなくっちゃね」


 それから数日後のことである。

「なんだあれ?」

 子どもたちの目には、いつもとは違う光景が映った。

 なんと、村はずれに見覚えのない二人組がいるのだった。

 一人は珍奇な恰好をして帽子をかぶった女で、もう一人は恐ろしく重そうな大剣を背負った少女である。

 村の子どもたちは、そのいかにも奇怪な二人組を目にしてすぐ気づいた。

「あれが噂の人の姿をした鬼と鬼斬じゃね?」

「え、でもなんで鬼と鬼斬がいっしょにいんの」

 もとから噂の中心となっていただけあって、合点がいくのに時間はかからなかった。

 それからひそひそと話を交わしながら遠巻きに二人組の不審者を見る。

 ――それにしても、こうして見ると滑稽だ。

 それが子どもたちの第一印象だった。

 鬼というのはもっと恐ろしくて、凶悪な見た目をしていて、こう、禍々しいオーラのようなものを放っているのかと思っていた。ものすごい凶悪そうな歯がずらりと並んでいて、体中が木の皮みたいに分厚い皮膚で覆われていて、見開かれた目は常に血走っていて、それから……ともかく、そういう怪物こそが子どもたちにとっての「鬼」だった。

 ところが蓋を開けて見ると、その鬼とやらは間抜けな仮装をしてニコニコとこちらへ微笑みかけているのである。なんだかひどく胡散臭くはあるけども、まったく恐ろしさというものが感じられなかった。

 そして、鬼――であるはずの人物――が話しかけてくる。

「こんにちは。あたし葵っていうの。今日は自分で作った紙芝居を誰かに見て欲しくてやってきたんだけど、よかったらあなたたち見ていかない?」

 その言葉に子どもたちみんなが思わず吹き出す。

「ぶふっ、か、紙芝居だってよ! お、鬼って紙芝居好きなの?」

 臆面も遠慮もなく、怖い物知らずな子どもたちは文字通り腹を抱えて笑い転げた。

 その光景に葵と名乗る人物は一瞬むっと眉を吊り上げたが、それをすぐに隠すとわざとらしい声色をつくって、

「あーそうかーじゃあしょうがないなー。せっかく美味しいお菓子とかたくさん作ってきたんだけどなあー」

 あさっての方向を見やりながら、下手くそな演技をする。

 その演技そのものには大した効果はなかったけれど、もっと、とびきり子どもたちの心を揺さぶるものがあった。

 それは、傍らの鬼斬の少女の存在だった。

 少女は葵が煽り口上を言い終わる前からもうすでによだれを垂らして、期待のこもった眼差しで葵のことを見上げている。まるで食事前の飼い犬のようだった。

「めちゃくちゃ美味しいんだけどなあー」

 これでもかと煽る女。

 わくわく、待ちきれないと顔に書いてある少女。

 その少女へ女がおもむろにお菓子を渡す。

「――!」

 すると受け取るや否や。

 餌を投げ込まれた鯱か何かのように猛烈な勢いでかぶりつき、ほおばる。

 もう、こんなに美味しいものがこの世にあるのだろうかと言わんばかりのたまらない表情。どんな美しく器用に飾られた言葉にもまして、その「実演」こそが最も優れた宣伝だったのだ。

「んんーー!」

 瞳に星がまたたく。

 またたくまに食べ終え、おかわりを所望し、そうしてまたあっというまに食べ終える。

 そうして食べ終えた後には、とても幸せそうな顔で食後の余韻に浸っているのだ。

「……ごくり」

 そのあまりに美味しそうな食べっぷりに少年少女の幼い理性が揺らぐ。

 ぶっちゃけ見た目はかなり美味しそうなのである。

 なにより、あの――たぶん鬼斬なのであろう――少女の食べっぷりが、言葉はなくとも、いや言葉に頼らないからこそ、生々しい実感のこもった魅力と説得力で誘惑してくるのである。

 うまいのか。それほどまでに。

 どこの村でもそうだけれど、ほとんど自給自足と物々交換だけで生活していかなければならない村人たちはめったなことでは、あんなご馳走にはありつけないのである。

「な、なあ。あんまりひとりでお菓子ばっかり食べてると親に怒られっぞ。けど、俺たちだって悪いやつじゃねえ。黙っておいたっていいぜ。その……少し分けてくれんなら」

 とうとう一人が抜け駆けをして、一人だけご馳走にありつこうとする。

「あ、お前ずりいぞ!」

「あたしも! あたしも!」

 こういうのは最初の一人の勇気が肝心なのであって、たった一人が通り抜けさえすれば、あとは同じ欲望を隠し持っていたその他大勢が堰を切ったように後へ続いていく。

 葵の目の前には、あっというまにおびただしい人だかりができた。

「あら、食べてくれるの? ありがとう。はい、召し上がれ」

 一人の手に渡ると次から次へとお菓子を求める手が伸びてくる。

 単純と言えば単純だった。ある意味では愚かとさえ言えるだろう。

 もし葵が村の大人たちが思い込むような悪い鬼であったら、今頃この子どもたちはすべて丸呑みにされていたに違いない。

 けれど、恐怖や偏見に目を曇らされていないその好奇心は、ある意味で純粋とか柔軟とかいう美点でもあったのだ。

 まもなく、ほとんどの子どもたちにお菓子がいきわたる。

 もらえない子も出てきたが、そういうときは「葵お姉さん」が大きいものをもらった子に半分分けて上げるよう呼びかけるなどして対処した。子どもたちも、一度心を開いたあとには思いのほか素直にお願いを聞いてくれた。

 やがて、葵会心の紙芝居が始まって、言うまでもなくこれも大盛況だった。

 驚くことに、最後の方にいたっては、

「またいつでも遊びに来てくれよな-!」

 と向こうから頼まれすらした。

「今度はもっとたくさんお菓子もってきてね!」

 爽やかな笑顔で下心丸出しのお願いを叫んでくる。

「あなたたち、結局それが目当てなんじゃない……」

 それでも、自分のしたことで子どもたちが笑顔になってくれるのが葵にとっては何よりのご褒美だった。あんなに美味しそうに食べてくれて、紙芝居だって、それまでとは別人に思えるほどに聴き入ってくれた。

「アオイ、うれしそう」

 隣を歩くモモも、葵の心境に気づいたらしい。

「ええそうね、今はとっても嬉しいわ。あんなに喜んでもらえるとは思わなかったもの」

「アオイがうれしいと、わたしもうれしい」

 心なしか明るい目元で、モモがほんの少しだけ微笑む。

「――まあ! この子ったら!」

 たまらず、葵はモモを抱き上げ――ようとしたのだけれど、

「ふぎ――!?」

 背負った大剣が重すぎて無理だった。

 なので、仕方なく腰を落としてモモを力一杯に抱きしめると頬ずりをした。

 モモはなんだかこそばゆそうな顔をしているけれど、それでもまんざらでもなさそうに、葵のことを抱きしめ返してくれた。

「モモ、また一緒にあの村に遊びに行きましょうね」

「うん、やくそく」

 いつのまにか日もすっかり落ちていて、茜色の夕日が、いつもより明るい気持ちの二人の帰り道を温かく染め上げていた。

 今回の作戦は、こうして大成功に終わった。


 それからも何度か新作ができあがるたび、葵は紙芝居を村の子どもたちに披露していった。

 次第に知名度があがっていき交流も増えていった。

 やがて前からあの洋館に入ってみたかったという子どもたちが、葵邸を訪問したいと言い出すまでに、大した時間は必要なかった。

 もちろん反対する大人たちもいた。

 自分の子どもに葵のもとへ近づかないよう注意したり、葵を見つけるなり追い払おうとする者もたくさんいた。それも無理のないことだった。子どもの安全を何よりも願う親が、得体の知れない村はずれの洋館に我が子を送り出すのにためらいがあるのは、当たり前のことだろう。

 けれども、村の子どもたちにいつまでたっても実害がないこと。むしろ以前より楽しそうな雰囲気であること。なにより、鬼殺しのプロフェッショナルが「鬼ではないと」太鼓判を押している事実が次第に浸透していき、それが村人たちに安心感を与えた。

 それにつれ「厳重な注意の元で」という条件つきなら、しばらく様子を見てもよいのではないかという意見が大人たちの中でも大勢をしめるようになりつつあった。

 かつて、ひとりぼっちで持てあましていた大きすぎる洋館には、いつのまにか賑やかな笑い声が響くようになっていた。広い部屋いっぱいに人々が集まり、楽しげな話し声や美味しいお菓子の匂いが満ちあふれていた。

 それまでは寂しさと虚しさだけが漂っていた暗い部屋のすみずみまでもを、それらの新しい彩りが隙間なく埋めていくのを葵は心から実感していた。

 子どもたちは子どもたちで、前のめりに葵の話に聞き入った。たくさんの質問もした。

 閉鎖的な村の中で一生を過ごす人々にとって、外部からやってきた人間というのはまだ見ぬ広い世界を知っている知識の宝庫であり、その話はまるで異世界の冒険譚を聞くように新鮮だったのだ。

 たとえば葵にはこんな質問が飛んできたりもした。

「なんで今までずっと引きこもってたの」

「え? そ、そうね……空き家に勝手に住んじゃったから怒られるんじゃないかと思って」

「お砂糖は貴重だってママが言ってたけどどうしてこんなに持ってるの」

「旅をしてる友だちがときどき譲ってくれるの」

「雪ってみたことある?」

「あるわ。とっても綺麗で幻想的な光景よ。あなたたちなら雪合戦とか雪だるま作ったりできっと楽しめるわ。でも寒いからあたしはあんまり好きじゃないわね」

 などなど。

 当然、そこにいるモモも好奇の的となり、たくさんの質問を受けた。

「今まで何体くらい鬼を倒してきたの」

「かぞえてない」

「鬼と戦うのは怖くないの」

「……? こわくない。あたりまえ」

「いままで一番強かった鬼はどんなの」

「かおが三つあってうでが六ぽんあったの」

 ちなみに、背負っている大剣も脇差もその鬼から奪ったものである。

 残りの四つの武器は他の鬼斬が食べ物と交換してくれというので、あげた。

 そうして様々なお喋りや、お菓子を食べながらの紙芝居の読み聞かせといった交流を通じて、次第に葵もモモも、村の子どもたちとの繋がりを強めていった。

 ……やがて。

 少しずつモモは遊びの面でも子どもたちの中心となっていった。

 子どもたちからすれば、スポーツ万能な外国人転校生がクラスにやってきたみたいだった。ものすごい身体能力から繰り出される様々なファインプレーは、たちまちに男の子たちの心を鷲づかみにした。

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