――さくらのゆめ――
「ねぇ俊くん、見て、すっごい綺麗だよ!」
桜並木をまるで子どものように奔放に走る彼女の背中に声を掛ける。
「あーもう分かったから! あんまりはしゃぎ過ぎるなよ、足滑らして転ぶなよ?」
「大丈夫だってー。ほらほら早くおいでよーって、あっ」
後ろ向きに歩きながらゆっくりと歩く僕を急かしていた遥は落ちていた花弁に足を滑らしてそのまま倒れそうになる。既の所でどうにかその華奢な身体を受け止め、ほっと胸を撫で下ろした。
「言わんこっちゃない……気をつけて歩けよ、もういい大人だろ」
少し呆れて溜息を吐く。だが彼女がドジなのも子どもみたいなのも今に始まったことではない。半ば諦めつつ、少しは反省してほしいと願う。けれどその想いは彼女の心には届いていないようで。
「はーい。でも“いい大人”でも好きなものには全力で向き合うもんよ?」
「とりあえず転んで怪我しないようにだけ気をつけてもらえればそれでいいです」
そんなやり取りをしながらも二人並んで進んでゆく。桜のトンネルが僕たちを見守っているようだった。どちらからともなく繋いだ手は少し肌寒いこの季節には丁度いい。右手から遥の温もりが伝わってくる。
「それにしてもお前ほんと桜好きだなぁ」
何気なく呟いた一言に少しムッとした様子で口を尖らせる。そういうところが子どもっぽいんだ、なんて言った日にはどうなることやら。黙っておくのが正解だろう。
「好きだからってはしゃぎ過ぎって? しょうがないじゃん、好きなんだから。ピンクが好きな訳でも花弁の形が好きな訳でも桜の香りが好きな訳でもないけど、何故かこの花には見蕩れちゃうんだよねぇ。日本の風物詩って感じもするしね」
うっとりと木々を眺める彼女は綺麗で。ついつい僕は花じゃなくて彼女に見蕩れてしまう。そしてひっそりとその横顔に何度も恋をする。
「ねー、他所見ばっかりしてないでちゃんと花見ようよ。私なんてどうでもいいんだよ」
僕の視線に気付いたのか文句を言ってくる。少しだけ意地悪な言葉で返す。
「花より見たいものがあるから仕方がない。所詮僕は、花より団子、ってな」
「誰が団子ですって?!」
顔を真っ赤にして怒ってくる彼女に笑いつつ、それでも前に進んで行く。
「言葉の綾だってば、そんなむくれるなよ」
「まぁそうだよね、俊くんは風流ってもんが分からないってことだよね」
反論することも出来ずに黙っていると彼女はまた笑う。
「そんな君が好きだから結婚したんだよ、安心しなって」
「イケメンかよ、惚れたわ」
「おう、いくらでも惚れなさい!」
薄桃色の桜並木。そよ風に吹かれ木々は笑うようにその身体を揺らしている。そこを歩く二人の笑い声は絶えなかった。
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