幼少の夢/病床の夢

『幼少の夢/病床の夢』


何度も何度も眠れない夜を繰り返す。


目を瞑っていると、一定であるはずの秒針の音が急激にその間隔を狭め、まるで心臓を鷲掴みにして揺り動かすように僕の焦燥を加速させる。


不変であるはずの空間は僕を押し潰すように曲線的に歪んでいき、息をすることすらままならない。酸素を求めて必死にもがき続けていると、今度は突如僕を襲っていた圧迫感が消滅し、強風が吹き抜けるような勢いで空間が拡張する。僕は世界に独り取り残されたような猛烈な孤独感と、宇宙空間に放り出されて何者にも触れられない空虚感に苛まれる。


そんな混沌とした自意識の暴走に振り回され続け、次第に自分が自分でないような感覚に陥っていく。石像のように固まり、もはや自分のものではなくなったその身体を抜け出そうと、僕は必死に真っ暗闇へと潜っていった。


錆色に赤茶けた大きな歯車が鈍い音を立てて回っている。耳を塞いでも、その音は僕の脳をかき乱すように耳の奥で鳴り響いていた。圧倒的な恐怖の前に、僕はただ呆然と立ち尽くす。連なる歯車はどこまでも上へ上へ続いている。それはまさに立ち塞がる絶望そのものだった。


一瞬意識が途切れ、気付くと僕は深い穴を真っ逆さまに落下していた。黒光る岩壁に伝う水滴を次々追い越して、とてつもないスピードに自由落下を続けている。重力を失ったように軽くなった自分の身体に実感が湧かない。遠くに見える入り口の光が妙に眩しくて、目を瞑ってもそれを拭い去ることができなかった。いっそこのままどこまでも落ちていけるなら幸せかもしれないと思うけれど、その眩い光がいつか来る終わりを予感させるせいで、背中に力が入るのを止められない。


いつかは大人になると思っていたのに。あぁ、どうしてか。僕は大人になりきれぬまま、こうして大人になってしまった。


僕はずっとこうやって、ありもしない幻想に怯えている。今もこうしてあの頃と同じ夢にうなされている。


汗に塗れた額を拭い、まだ少し重たい身体を持ち上げる。脇に挟んだ体温計を覗くと、まだ微熱が抜けきらず残っていた。

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