油絵

ずっと大人になんてならないと思っていた。


よく近所の駄菓子屋で買ったおもちゃの爆竹を公園で投げ合って、帰りは一番安いソーダアイスを食べながら、昨日見たアニメについて語らったっけ。


けれど、あの店はもう何年もシャッターが閉まったままで、公園はいつのまにか綺麗なマンションに変わっていた。ソーダアイスは値上がりして、一人缶コーヒーを片手に夜道を歩いている僕は、あの頃見ていたアニメのストーリーなんてすっかり忘れてしまった。


たとえ僕が歩みを止めて蹲っていても、世界はベルトコンベアのように淡々と時を進める。気付けば知らない街に一人放り出されて、当てもなくゆらゆらと彷徨う。楽しそうに笑い合う人たちがみんな嘘臭く思えて、妊婦の膨れた腹に吐き気を催しながら、孤独と絶望という名の自己陶酔に沈んだ。


毎日馬鹿騒ぎをしていた親友が、突然「塾があるから」と遊びの誘いを断ったあの日。世界に僕だけが取り残されたような疎外感を覚えたのは、あれが初めてだった。それ以来、何となく気まずくて話さないまま、もう10年以上も経ってしまったけれど、君は元気にしているだろうか。きっと立派な大人になって、充実した日々を送っているに違いない。


そう。みんなそうやって大人になっていくんだ。

ゲームソフトを貸しっぱなしのクラスメイトや、一緒に夢を語らった部活の仲間たち、少し嫌いだったイケメンの先輩に、子供っぽく不器用に愛し合った初めての恋人、廊下でぶつかった名前も知らない後輩や、図書室でよく見かけたクリスティ好きの女の子も。そして、未だに夢で会う君だって、きっと今はこの世界のどこかで、僕の知らない誰かと一緒に笑っている。それが大人になるということだから。


僕は大人になれないでいる。子供でも大人でもなくなった僕は、一体何者なのだろう。いや、何者にもなれなかったから、僕は大人になれないでいるのかもしれない。


何度も首にナイフを突き立てる妄想をしては、全身から汗を吹き出しながら目を覚ます。こんなになってまでまだ生きていたいと望むのは、明日に何かを期待しているからだろうか。その僅かな希望に縋るように、僕は小さな油絵を描いた。

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