クチナシの花
窓辺の花瓶に挿したクチナシの花。ただそれが萎れていくのを見つめている。
微睡みと自意識の狭間。水面に浮かぶ亡霊のように、現実が霞む霧の中へと消えていく。この六畳ぽっちの小さな世界の中でなら、僕は孤高の芸術家を気取ることができた。
空を飛ぶクジラの夢。そんな抽象的なものに憧れて、漠然とありふれたことを述べるだけの無意味な言葉を書き連ねる。誰にも届かない。自分の心にさえ届かない。それなのに、僕は書くことを辞められないままだった。
飲めない酒を煽った吐き気と酩酊。自分の体が膨張するような感覚に襲われ、頭蓋骨と脳みその間を地響きのような鈍痛が覆う。同時に、目を逸らしていた現実が一気に押し寄せてきた。自己陶酔は決して罪ではない。僕の罪はそれを疑うことだった。吐き気を堪え、布団の中で蹲りながら、僕はまだ僕を信じられないでいる。
真っ白いスカートを揺らす虚ろげな少女。君に出会ったあの夏の思い出は、まるで短編映画のように美しく色褪せている。だから君に会うのが恐ろしかった。きっと君はもう大人になっていて、今の僕を見て笑うだろうから。
–−×××。君の名前を呼んでみても、何だか譫言のように宙へ吸い込まれていくばかりで、それは僕が変わってしまったからなのか、それとも変わらないからか。どちらにしたって、隣で君が笑うセピア色の風景は、今はもう単なる幻想でしかなくて、実際はあの萎れたクチナシの花の隣で僕は生きている。
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