ピアノ

カツン、カツン。


蔦が絡みついた打ちつけのコンクリートの壁に、冷たく張り詰めた打鍵音が反響する。まるで弦をすべて取り払ったように、そのピアノは音階というものが欠落していた。


寂しそうな背中を向けて、君は鍵盤の上に人差し指を這わせる。痩せ細り、皺が刻まれて筋張った左手。隙間から差し込む白い木漏れ日に照らされて、くすんだ指輪が鈍い光を放つ。


カツン、カツン、カツン。


等間隔に並べられた息苦しい音を聴きながら、どこかに置き忘れた大切な何かを探している。僕たちはその存在に気付きながら、もう今更取り戻せないことを知っていた。それでも探し続けてしまうのは、今この時を生きる宿命なのかもしれない。


砂の落ち切った砂時計。行き場をなくした水色の風船。赤茶けたブリキのガラクタを大事そうに抱える少年にノスタルジーを感じて、それが単なる願望であることに気付く。


夢に見る記憶の断片は、所詮夢でしかない。そんな幻影を自分のものであるように振舞って、ぼやけていく過去を厚塗りすることに果たして何の意味がある?


不幸な自分を演出して、それを無二の個性だと主張するなら、どこかで聞き齧った借り物の言葉で語るのはもうやめにしよう。


カツン、カツン。


枯れ果て、色彩を失い、消えかかったピアノの音。いつしかこの音さえも聴こえなくなる日が来るのだろうか。結局僕はただそれだけを恐れている。

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