記録者

誰もいない小さな屋上。


そこは誰も踏み入れることのない忘れられた場所。風が強く吹き、埃がふわりと舞い上がる。


そこでは様々なものが見え、聞こえ、感じられた。どこかへ駆けていく子供たちは無邪気にはしゃいでいて、そこから程ないところでは大砲の音が響いている。土臭い森の匂いが乗った爽やかな海風や多くの願いが込められた星々。忙しなく続く世界の有り様をこの場所だけが知っている。


僕はこの場所を任された一人の記録者。いつまでもここから出ることはなく、ただ無意味に記録を続ける。何もないこの場所で、僕だけが時の流れを漂っている。


ここには世界のすべてが流れ着く。僕が目を閉じようと、耳を塞ごうと、鼻を摘もうと、息を止めようと、それらは絶えず僕の中へと入り込んでくる。今日も僕の知らない友人が一人また一人と死んでゆく。


声も涙も心も枯れて、僕は一人ダンスを踊る。すべてが混じった真っ黒な世界で、僕は孤独にダンスを踊る。それは誰のためでもない。僕のためですらない。こうして世界を取り込んで、ひたすらに記録を綴る。


煩わしい小鳥の囀りと懐かしい銃声。すべてを知る白痴の僕は、この鮮やか過ぎる世界に侵されていく。


どこよりも広く開かれたこの場所は、どこよりも堅く閉ざされている。僕はすべての可能性を知りながら、享受を許されたのは記録という一点のみだった。


この世界に降り立った最初の人間ですら、一人ではなく二人だった。それは人間という生き物が、他者によって存在できるからなのだろう。


僕はまだ自分の存在というものが認識できないままでいる。何物にも触れたことのないこの体は、温かいのか冷たいのかもわからない。


抱き締めるという感覚はどんなものだろう。温かくて、優しくて、心が安らぐ。そう、僕は知っている。


知っていることを無意味に想像して、また一日が終わる。


世界はゆっくりと死を歩んでいき、僕はいつまでもここに取り残されたまま。今日と明日の境目にだけ、ほんの少し自分の存在を認識する。


また見慣れた朝日が昇り、世界が少しだけ開けて見えた。


今日も僕は、この世界を記録し続ける。この目で、この耳で、この鼻で、この心で。

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