詩と小説のあいだ

紙野 七

埋没

海風の香りが吹き抜ける真っ白い石造りの街並み。

時の流れを失ったような静寂の中に、反響を重ねて三次元的な厚みを持った波の音が広がっていく。


行ったことも、見たことも、聞いたことも、ない。

僕の心が生み出した存在しない原風景は、あるいはどこかに存在するのだろうか。もしそうなら、なんと残酷なことか。


まだ何も知らない無垢な少年だった頃。

僕は公園で拾った短いチョークを握りしめ、黒光りするアスファルトのキャンバスにたくさんの夢を描いた。

あの時、確かに僕の目の前には、自分だけの世界が存在していた。今はもう何一つ思い出せはしないけれど。


殺伐とした都会の臭気に塗れ、いつのまにか大人になってしまった僕は、形のない空虚なガラクタを必死でかき集めて、理想とする自分を作り上げた。

乾き切った砂漠に揺れる蜃気楼のように惨めで滑稽なそれを崇拝し、インチキじみた宗教体験で心を満たす。


そんな無意味な自己陶酔こそ、大人になりきれない僕がこの世界で生きるたった一つの方法だから。

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