52話
光だ。
それはまぶしくて、とても痛かった。次第に、光の中に様々な色が見えてくる。
現実だ。
どれぐらいぶりなのだろう。まずは、瞬きをしてみた。鼻で息をする。大丈夫だ、命がある。
見回したが、誰もいなかった。ただ、壁がある。独房のようだった。
立ち上がる。少しふらついたものの、ちゃんとまっすぐに立つことができた。タブレットはあったが、武器はなかった。まあ、当然だろう。
「さて、行くか」
鉄格子の扉には、当然鍵がかかっていた。だが、予想通りその鍵もトラップ式だった。内側からは解けないようになっているが、今なら問題ない。コンピュータのシステムが止まっているからだ。
魔族の王のおかげで、とりあえずは自由が確保できた。早く、二人と合流しなければ。
「予想通りいきそうだね。さすがだよ」
さかのぼること、一日ほど前。俺たちは、無事に計画を実行できた。
「よかった。ただ、ここから急がないと」
「君たちのおかげで、何百年ぶりかに楽しめたよ。だから、もう少し手伝わせてくれ」
魔族の王は、押さえつけていた力の一部だけを解除した。それにより、眠っていたシステムの一部が動き出す。
「何をしたんだ」
ステノは、まだ不安そうだった。結局、コンピュータのことはよくわからないままなのだった。
「魔力の供給源を少し、ね。結局は魔力も道を通っている。そこを封鎖してやれば、魔法は届かない。君たちには毎日魔法がかけなおされているようだからね。今日だけそれを邪魔しよう」
「どうなるんだ」
「明日には魔法が切れて目が覚めるんじゃないかな。その直前に、コンピュータを稼働させる」
「すぐには何も起こらない、はずだよな?」
「たぶん。しばらくは、新しい自己対戦に没頭するさ」
俺たちが何日かかけてしたこと。それは、「振り飛車の価値を高めたプログラムを埋め込む」ことだった。正確には、「居飛車へのバイアスを排除したプログラム」なのだが。
ダンジョンに潜って、いくつともトラップと向き合ってきた。その中で、振り飛車を基にした問題というのは極端に少なかった。出てきたとしても、だいたいが居飛車が有利になるというのが解答だった。
疑問を持つきっかけを与えてくれたのはステノだ。ダンジョンには、振り飛車党が少ない。彼女を指導してくれる人は、なかなか見つからなかった。もしかしたら、プロ棋士を目指す人間に比べて、極端に振り飛車等が少ないのではないか?
もしそれが昔から続いているとしたら。最初に将棋ソフトを作った人々も居飛車党で、居飛車の定跡を基にプログラムを組んだのではないか。それに対応して、居飛車の評価を高く計算するようになっていたのではないか。いくら自己対戦を繰り返すといっても、序盤の評価が固定されていたとすれば、わざわざ飛車を振らないのではないか。
そこに、振り飛車の定跡がしっかりと入ったデータが入り込んできたとしたら。俺の予想では、飛車を振ったからと言って明らかに勝ちにくくなる、ということはない。少なくともあっという間に屈服させられるというものではないはずだ。振り飛車を武器にした「新たな自分」が紛れ込むことにより、コンピュータは新たな自己対戦をしなければならなくなる。
しばらくは、人間を敵とする必要がないのである。
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