46話

 肉体がないことにも慣れてきた。考えてみれば、夢の中にいる時もこんな感じかもしれない。

 魔族の王に教えてもらったとおりに、浅い場所を目指す。コンピュータの中にも階層があり、ある種のダンジョンのようになっている。今は起動していないので、比較的自由に行き来できる。ただし、本当に重要な場所には鍵がかかっており、入ることができない。死んでいるのではなく眠っている状態なので、個別の防衛機能は働いているのだ。

 余計な労力は使いたくない。安全な、通りやすいルートだけを選んでいく。

 いや、何が安全なのかは全く勘でしかないのだが。

 だんだんと、視覚がなくなっていくのがわかる。それでも、見えていないわけではない。ここでは、そもそも視覚的にみる対象がほとんど存在しない。感覚的にとらえることに慣れてくると、心がそれを視覚情報として処理する……といったところだろうか。

「あっあっ、ふりそすっ」

 聞き慣れた声が聞こえてきた。そちらの方に向かう。

「まったく、今までどこにいたんだ」

 こちらも、知っている声。二人は合流していたようだ。

「魔族の王に会っていた」

「え、なんであんただけ」

「多分、棋力的な問題だ」

「それは腹が立つな」

 不思議と、ステノの表情がはっきりと分かった。この世界の住人として、存在が確立してきたのかもしれない。

「あのっ、これからどうすればいいのっ」

「うーん、それなんだがなあ」

 頭の中で腕を組む。正直なところ、明確な指針を立てにくい状況だ。

「王とは話せたのか」

「まあ。いろいろと聞いた。で、そのうえで迷っている」

「フリソス。あんたは私たちの指導棋士だ。ここで何をするかも、あんたが決めればいい」

「……そうか。とりあえずは、分かったことをすべて話す。聞いてくれ」



 二人に、魔族の王から聞いたことを話した。ステノの驚き、コキノレミスはずっと黙っていた。

「すべてを信じるというのは、ちょっと」

「まあ、それはそうだ。ただ、信じない理由もないんだよなあ」

 魔族の王からは、こちらをだまそうという雰囲気を感じなかった。もちろん、自分の感覚だけを信じるわけではない。けれども、勝負の世界に生きてきたからこそわかるものというのがある。

「そうはいっても魔族だぞ」

「魔族って、なんなんだろうな」

「ううむ」

 俺たちはあまりにも、歴史を知らない。そして、今ここで判断しなければならない。大変だ。

「……むかし、かみさまがって、きいた」

 ようやく口を開いたコキノレミスから、予想外の言葉が紡がれた。

「神様だと? レミス、神話の話をするのか」

「しんわも、れきしだって、いってた。よくわからないけど、かみさまが、いろいろわけていったって」

「誰から聞いたんだ。父親か」

「ちがう。おかあさん」

「母親か。そういえば母親の話は聞いてなかったな」

「……おかあさんは、たまだったの」

「たま?」

「とじこめられてた」

 なんだかよくわからないことになってきた。コキノレミスは、いったい何者なんだろう?


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