41話
カルディヤたちは、必要な駒をそろえるために細かい策を練っていたのだ。父親によってコキノレミスを呼び寄せ、俺に指導と護衛をさせ、キクノスによってここまで移動させる。その間に、敵をけしかけてコキノレミスを成長させる。
彼の父親の姿を見るに、魔族の血を引くものがここで何らかの役割を果たすのは明白だ。コキノレミスも、利用されるためにここに導かれたのだろう。
敵ながら、素晴らしい。感服する。ただ、彼らにも一点だけ予想外のことがあったのだ。
「お前は、こいつらの計算に入ってなかったんだ」
「あたしが? 計算に?」
「こいつらは、この場を作るために人員を配置し、実際にほぼ成功した。俺たちは、こいつらの手のひらで踊らされていたんだ。ただ一人、お前を除いて。お前は自分の意志で俺たちとともに来た。だからこそ、対策がなかったんだ。お前を抑えるための手段は、用意されていなかった!」
黒い鎧に黒い髪の女は、黒い瞳でまっすぐにこちらを見ている。
「ふふっ」
そして、笑った。
どちらなのだ。悪いほうの予想は、彼女も敵というものだ。最初からこの時のために、俺に近づいてきた。
だが、少なくとも。将棋を指した人間のことは、わかっている、つもりでいる。
「あたしを無視するとは、運が悪い奴らだ」
剣の切っ先が、首筋に向けられた。コキノレミスの、父親の。
「やめてください。そんなことをしたら、とんでもないことになりますよ」
カルディヤは、ゆっくりと声を出した。
「どんなことになるんだ」
「……」
「あたしは、得をしたいんだ。あんたらだってそうだろう。ちなみに、その男を人質にしても無駄だ。あたしにとって命をかける相手じゃない」
ひどいことを言うが、この場では意味のある言葉だった。人質は失って困るからこそ価値がある。人類にとっての俺と、魔族にとっての彼では、到底釣り合いが取れないはずなのである。
「あっあっ……」
痛む足を抑えながら、コキノレミスはきょろきょろと視線を動かしている。時折、俺とも目が合う。彼にとっては父親は殺したい相手らしい。事情は知らないが、今、千載一遇のチャンスなのだ。
なんとか、立ち上がろうとする。しかし、うまくいかない。体全体の動きが鈍い。ひょっとしたら、矢に毒が塗られていたのかもしれない。
「レミス、私に任せろ。今はじっとしておけ」
ステノが、半歩後ろに下がった。確実に、人質を確保するために。
「一つだけ、読みが足りなかったようですね」
カルディヤの口角が上がっていた。エレガティスにも焦りは見えない。
「そうだな、一歩足りなかったようだ」
俺を押さえつけている山小屋の親父の声も、どこか余裕があった。
「どういうことだ」
「なぜこの部屋に導いたか、ということです。もちろんこの光景を見せたいというのもありました。ただ、イレギュラーに対応する自信もあったのです」
カルディヤの視線は、俺よりも先に向いていた。ステノよりも後ろ。細長い、一筋の影。
「なんだ……?」
ヒュュンッ
乾いた音を立てて、鞭のようなものがステノを襲った。速い。そしてそれはステノの剣に巻き付き、奪い取ってしまった。
「えっ」
「うるせえなあ」
男が、立ち上がった。腰のあたりから伸びたしっぽが、剣をつかんでいる。
「あっあっ」
しっぽの位置はそのままに、体だけこちらを向く男。頭部から伸びた何本もの管が、モニターにつながれていた。
「よう、コキノレミス、元気だったか。そろそろ、こいつを交代してもらわなきゃあな」
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