38話

「待っていた、か。やはりすべて、仕組んでいたんだな」

 駒に手を触れる。メンテナンスができていないので、圧倒的に使い勝手は悪くなっている。それでも、勝てるとしたら使うしかない。

「さすが指導棋士です。どこまで読んでいましたか?」

「お前と会ったときにわかった。俺とコキノレミスの前にわざと敵を出現させて、こちらを試していたんだと」

 不自然な敵の出現。そして、適度な敵の強さ。意図的でなければ、説明がつかない。そして、あのゾンビだ。仲間の中に紛れ、移動魔法を邪魔し、俺たちを分断した。明らかにここへと導いている。

「正解です。けれども、本当の目的まではわからないでしょう」

「そうだな。俺みたいな普通の冒険者と、魔族の末裔かもしれないが、まだ未熟な少年。何のためにここに呼ぶ必要があったのか」

「人間に、盟約を果たしてもらうためです」

 カルディヤは、両腕と翼を大きく広げた。

「盟約?」

「人間と魔族が、何を約束するんじゃ」

 キクノスが、一歩前に進んだ。

「魔法使いよ、あなたも知らないというならば、しょうがないですね。魔族の王が人間を救ったことも知らないわけですから」

「魔族が? そんな話があるわけがなかろう」

「人間にとっては都合の悪い話ですからね。魔族の王は人間と共闘し、ここに封印されたのです。人間は王を助けると約束しました。けれども……王のいなくなった魔族を、滅ぼそうとしたのです」

 こめかみを流れるものがあった。突拍子もない話だ。けれども、ありえなかった、とは思えないのだ。

「そんな話は聞いたことがないわい。資料にも残っとらん」

「歴史から消してしまったんですよ。そのせいで、このダンジョンのことも忘れてしまったのです。だから、のんきにお宝さがしなどしていたのです。けれどもここは……人間と魔族にとって、災厄の地だったんですよ」

「カルディヤ……つまりここは、かつてはもっと凶暴なモンスターがいたということか。地上とは異なる体系の、地下で生み出される」

「そうです、指導棋士さん。あなたは見込み通りの方だ。かつてこの地下から、多くの強い魔物が生み出され、地上にも溢れ出ていったのです。しかも、明確な意図のもとに」

 将棋の問題というギミック。人間にとって都合のよい、水やジュースの出る部屋。だだっ広い、冷やされた空間と、大きな石の柱。

「なんだというんじゃ。フリソスはわかっているのか」

「キクノス、輪郭は見えています。とんでもないことです」

 手のひらも濡れている。自分の出した答えが、心臓を締め付けてくる。

「とんでもない?」

「人間と魔族が戦った相手、それはおそらく……コンピュータです」

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