32話

 背後からの襲撃によって、完全にこちらの陣形は乱れてしまった。俺の召喚兵も棒立ちになっている。

「……あたしは、そういう挑発は嫌いだ」

 ステノは切れている。はっきりわかる、いつになく低い声だ。

「頭が悪いから、ね」

 ステノがとびかかろうとしたが、それを追い越して矢が走った。メッセンジャーの左胸を貫く。そして、戦士の剣が追い打ちをかけた。

「やめるんじゃ!」

 キクノスの叫びは、間に合わなかった。

 そうか。そういうことだったのか。

 左肩が痛み、思考力も鈍っている。普段ならば、間に合ったかもしれない。

 メッセンジャーが倒れた。だが、動き続けていた。身体の色が灰色になり、傷口が泡立っていた。

「これは何だ……」

 ステノはまだ気が付いていない。

「ゾンビ化を抑えて、指揮を執っていたんだ」

「えっ」

「理屈はわからないが、最初から狙っていたんだ」

 ゾンビたちを操り、自らゾンビ化する。考えたくない作戦だが、目の前で見てしまっては信じるよりほかない。

 敵の動きが一気に活発になる。突然大駒が加わったみたいなものだ、強いに決まっている。しかもこちらは駒を減らされた。

「戻るんじゃ! とにかく離れるぞ!」

 キクノスの声が響く。勝ち目がないならば、撤退するしかない。しかし、魔法はまだ完成していないはずだ。

「大丈夫なのか!?」

「わからんが皆でゾンビになるよりましじゃ!」

「わかった」

 とにかく目の前の敵を振り払い、後退する。

「ステノ、コキノレミスを頼む!」

「そのつもりだ」

 まだ声が震えていたが、彼女が馬鹿じゃないのはもうわかっている。コキノレミスを抱えて、ステノも交代する。

「にがさんぞぉぉぉ」

 ゾンビになったメッセンジャーは、声も変わってしまった。しかし腐りたては頭も働き、動きも比較的早い。不思議な表現だが、戦うにはちょうどいいゾンビだ。

「大丈夫か、レミス」

「う、うん」

「勇敢だったぞ」

 戦士が一人、倒された。弓使いが間合いに入られたのか、撤退した。

「走るんじゃ!」

 もう、限界だった。背中を向けて、逃走する。入り口は一度にはくぐれない。

「ステノ、行け!」

 先に、教え子たちを通す。振り返ると、四角い何かがこちらに向かって飛んできていた。メッセンジャーが次々に投げている。どう見ても腐った手紙だった。

「そんなのありかよっ」

 避けようとするが数が多すぎる。ゾンビたちも目の前まで迫っている。

「早くしろ、フリソス!」

 にんじんジュースの部屋が、黄色く光っていた。魔法が発動している。背中に鈍痛を開けながら、そこに飛び込む。

「意識をしっかり持っとくんじゃぞ!」

 目のが、全て黄色に包まれる。空間が、飛んだ。

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