31話

「これはいかんかもしれんのう」

 キクノスがまゆをひそめている。

「どういうことですか」

「あれだけの数だと完全には防ぎきれまい。そもそも水の力は魂の活力に反応するものじゃ。アンデッドにはもともと効きにくいのじゃ」

「まさか、敵はそれをわかって?」

「それはどうかのう。とにかく、少し持ちこたえてくれい」


 ビュウンッ


 空気を切り裂く音が鳴った。矢が放たれたのだ。敵陣真ん中に突き刺さるが、ゾンビの身を少し削っただけだった。

「だめだ、ゴキゲン中飛車の弱点はそこじゃない」

 冒険者たちはきょとんとしている。相手が将棋の構えという認識がなかったのかもしれない。

「ゴキゲンは駒が中央に寄っているうえに、右辺は美濃でバランスが良い。その代わり、銀が真ん中に出ているから3筋が薄い。3四から角を攻めるか、3一にもぐりこむのを狙おう」

 戸惑っている様子だが、ここはきちんと動かさないといけない。

「将棋担当はあなただったね。召喚はできる?」

「え、うん」

「銀を頼む。左から。俺も銀を右から出す。ステノは飛車だ。右辺から隙を伺って」

「わかった」

「人間は全て歩の役割だ。そして弓使いのあなたは、左端から斜めをねらう」

「はい」

「キクノスが王将。ここを絶対死守。とりあえずはこれで行く」

「それはうれしいのう」

「メッセンジャーとコキノレミスは、とにかくできる限りのことを。攻撃には不参加で」

 ゾンビたちは、じわじわとこちらに近づいてくる。扉を抜けてしまうと、なだれ込むように浸食されてしまいかねない。

「よし、行こう」

 勢いが大事だ。指示に従わせることに、疑問を抱かせてはならない。駒に考えさせてはいけない。

 俺は今、将棋をしている。



 すべては、構想通りに進んだ。右辺での攻撃が隙を作り、左辺にほころびが生じる。ゾンビ自体に思考力がないとすれば、動かしている者との勝負だ。行ける。相手は、それほど将棋が強い感じはしない。

 ゾンビは、元の生物の攻撃力を越えることはない。ただ、死を乗り越えているという点で守備力が高い。今回はキメラなので、おそらく生きている間の弱点と言ったものも存在しない。非常にやりにくい相手だが、とにかくまずは押し返すとかない。上手くいっている。

「ふりそすっ」

 後ろから、声。とっさに振り返った俺の目に移ったのは、振り下ろされる剣と、男の冷たい目と、男の足にしがみつくコキノレミス。何が起こっているのか全く理解できないまま、左肩に激痛が走る。

「どけっ」

 コキノレミスが転がされる。振り払われたのだ。

「あんた……」

「将棋に頼りすぎなんだよ。敵の駒は、駒台にいるかもしれないんだぜ?」

 ぎょろりと光る眼が、こちらを射抜く。これまで全く目立たなかった存在、メッセンジャーだ。

「あんた、何者だ」

 ステノが駆け寄ってきた。だが、しっかりとした構えでメッセンジャーは牽制した。

「考えて導き出せよ。得意だろ?」

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