30話

「ううむ、変じゃ」

 かれこれ二時間が経過していた。いったん、指導も休憩する。

「どうしたんですか」

「魔法は完成したはずじゃが、接続が不安定なんじゃ」

 キクノスは首をひねっていた。こんな大ベテランがそう言うのだから、何かよくわからない原因があるのだろう。

「魔族と関係ありそうですか」

「どうなんじゃろうなあ。その子も含めて、魔族の血が入ったからと言って、交換が失敗したということはないんじゃが」

 心の中で、何かが引っかかっていた。それに関して、何かを知っている気がする。

「うーん、何だったか……」

「ふりそす、どうしたの」

「脱出魔法で、何かが起こっていたような」

「ごーすと?」

「あ、それだ」

 コキノレミスは記憶力がいいのか。あるいは、よほど印象的だったのかもしれない。

「なんじゃ、ゴーストがどうした」

「何日か前になりますが、ゴースト付きで移動してしまった冒険者がいたんです。そういう話があるとは聞いていたので、忘れていました」

「うむ、ゴーストか……」

 ゴースト系のモンスターに関しては、未知のことが多い。死体が入手困難なことが最大の理由である。人型をしているからと言って、もともと人間なのかどうかすらわからない。

「下層から連れてきたとすると、元々このあたりにいたのかもしれないです」

「ゴーストがノイズになることは、確かにある。ちょいと経路を変えてみるかの」

 キクノスはろうの一部をはがして、何やら呪文を唱え始めた。こうなると、見守るしかない。

「そうだ、コキノレミス」

「なに」

「ちょっとカード見せてみろ」

「うんっ」

 コキノレミスから冒険者カードを受け取り、ポイントを確認する。討伐ポイントは少ない。カルディヤ戦では活躍したが、倒したわけではないし、そもそも魔族は討伐対象に想定されていない。そして当たり前だが、棋力ポイントは計算対象外である。指導棋士でないから当たり前、なのだが。

「何で盤術、使えたんだろうな」

 駒のことも聞いてみたが、よくわからないと言う。荷物の中にたまたま入っていたようだ、と。

 実は、まったく理由が想定できないわけではない。しかしその仮説が当たっているとすると、将棋の歴史が根底から覆される恐れすらある。ばかばかしい、と理性がつぶやく。

 しかし。そもそもばかばかしい現実に、遭遇してしまったばかりである。

「フリソス、何を考えているんだ」

「いや、ちょっとね。魔族のことを」

「腹立つよなあ、あいつ」

 ステノは、分析する気はなさそうだ。

「あっ」

 突然の声。別パーティーの冒険者からだった。扉の方を指さしている。

「どうしたんだ」

「大群だ……」

「アンデッド……キメラ?」

 ステノが、聞いたことのない言葉の並べ方をした。しかし、そうとしか言えないものでもあった。様々なモンスターが混ざったようなゾンビが、何体も現れてこちらを見ている。

「何じゃ騒がしい……おお、なんということじゃ」

 それらを見て、キクノスも目を丸くしている。ベテランにとっても珍しいもののようだ。

「この部屋、大丈夫なんですか」

「普通はそうじゃが、完ぺきとは言えん。何せ、未知なる者じゃからな……」

「戦うとなれば」

「あんな数とこの狭い部屋ではとても無理じゃ」

 ステノが、剣を抜く。別パーティの四人も、それぞれに武器を手にした。あちらには弓使いがいる。心強いのだが、部屋の狭さと敵の多さは、ちょっとまずい感じである。

「フリソス、何か気にならないか」

「えっ」

「あいつら、脳みそ、腐ってないかもしれないぞ」

 どういう意味だそれは。


ザッザッ


 ゾンビたちが、二歩、こちらに近づいてきた。ん? 「たち」が「二歩」……?

「統制が取れてるのか」

「そういうことだ」

「でも、ゾンビの脳ってことじゃないだろ」

 ゾンビは完全に思考が停止しているわけではないが、意思の疎通ができるわけでもない。そもそも複数で会話せずに同じ動きをするなんて、生きてる人間にも難しいのだ。

「中央が盛り上がってる。でかいやつが後ろに備えてる。……これは、振り飛車だ」

 ちょっとステノが笑顔である。

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