冷風
29話
「『人参ジュースの部屋』だと?!」
ステノが思わず声を荒げたが、俺も気持ちはわかる。なんてふざけた部屋なんだ。
「何かの比喩ですか」
「いんや。本物の人参ジュースじゃ。わしは何回も飲んだ」
「実は若いけどそれで老けたとかだろ」
「何を言っておるんじゃ。今から交換魔法の準備をする。ジュースを飲んで待っておれ」
「交換魔法……」
久々に聞いた。いや、実際にはすべての移動系魔法は、交換魔法なのだ。人間の体など、特定の存在だけを魔法で移動させるのは難しいらしい。そのため空間と空間を交換して、結果的に移動することになる。それを使って帰還する場合は帰還魔法と呼ぶし、空中高くに行けば跳躍魔法となる。
「十人が入る空間じゃから、準備に時間がかかる。それに、魔族の力が介入したらどこかに飛ばされてしまうかもしれんからの」
「いやですね……」
交換と言っても、完全に一瞬で入れ替わるわけではない。途中で何回か、時空のひずみに着地しなければならないらしい。その時に外部から力を受けると、上手く次のひずみに跳躍できなくなってしまう。
「純水ほどではないが、人参ジュースもモンスターを遠ざける効果がある。とはいえ完全ではないので、その時は頼んだぞ」
キクノスは、ろうそくに火をつけ、ろうを垂らし始めた。初めて見る作業だ。魔法は魔法使いの領域なので、任せるしかない。
「飲んでみるか」
「マジか!」
「俺も」
戸惑う者が多い中、俺と山小屋の親父は、人参ジュースを飲んでみた。確かに人参ジュースだった。
「呪われても知らんぞ」
「栄養失調とどっちがいいかな」
この様子だと、さらに奥には牛乳の部屋とかもあるのだろうか。いや、牛はいないから無理か。待て待て、そもそも人参はどこに?
「う、ううん」
「あ、レミス」
「目が覚めたか」
「あれ? どこ?」
「人参ジュースの部屋だ」
「にんじんじゅうす……きらい……」
まだ、意識がはっきりしていないようだ。もじもじしている。
「レミスは人参が嫌いか」
「ジュースになると嫌いって子もいるよ」
とはいえ、現在は栄養があるものは何でも貴重だ。コップにジュースを注ぎ、コキノレミスの口に流し込む。
「うっううっ」
「我慢してくれ。地上に戻ったらうまいもの食うぞ」
「でも、おとうさん………」
「もう一度、戻ってこよう」
言ってはみるものの、実際戻ってこれる確証はない。そもそもコキノレミスの父親は、いったいどこにいるのか。カルディヤにつかまっているのか、どこかに潜んでいるのか。あまりにも、痕跡がない。
「あー、それにしても待つだけは退屈だ。フリソス、何か教えてくれよ」
「またそんなざっくりと……」
「ふりそす、ぼくもしょうぎしたい」
「大丈夫か? まだ寝といた方が……」
「つよくならなきゃっ」
「そ、そうか」
そんなわけで、急遽二面指しで指導することになった。冒険者パーティー四人組は訝し気な顔でこちらを見ている。山小屋の親父は、がっつりとのぞき込んできている。メッセンジャーは壁際で座り込んで、目を閉じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます