28話
一時的にだが、10人でダンジョンを進んでいる。
俺ら三人に山小屋の親父、事務局の老人。それに四人パーティーの冒険者と、メッセンジャーである。メッセンジャーはWi-Fiの届かない階層まで情報を届けるのが仕事で、めったに途中で帰還したりはしない。しかし今回ばかりは特別なようだ。
「一人でも魔族にとらわれてはならんからの」
ちなみに魔法使いの老人の名前は、キクノスという。誰でも名前を知っている、事務局の偉いさんだった。
「そんなに一大事なんですか」
「それがわからんほどの一大事じゃ」
キクノスによれば、長い間の調査によりこのダンジョンが魔族と関わることはわかっていたという。そして人間がまだ到達できていない階層に、強い魔力の源があるであろうということも。ただ、ダンジョン自体にはそれほど魔族の痕跡がなく、謎は多く残されているらしい。
「しかし爺さん、そんなダンジョン、最初から閉鎖すべきだったんじゃないのか」
ステノは相手が偉くてもいつもの調子である。さすがに殴らないけど。
「危機はないと思っていた。何せ、魔族の生き残りは確認されておらんかったからの」
すべては完全な「遺物」と思われていたのだ。だから事務局は、冒険者がダンジョンに潜り、何かを発見することを歓迎していた。持ち主のいないものだったら我々が有効活用しよう、そういう意識だったのだ。
「しかし魔族が現れた、と」
「そうじゃ。そして、わしらが使えなかった部屋を使いおった。これから先も、新しい力を使って何か仕掛けてくるかもしれん」
「そして、王を復活させてしまうかもしれない、と」
「そうじゃ。魔族の王が何者かはわからん。しかし王と呼ぶぐらいじゃから、強いんじゃろう」
単純に考えれば、大昔、誰かがここに魔族の王を封印したのだ。それを、カルディヤが取り戻しに来た。けれども、引っかかる点がある。
「浮かん顔をしておるな」
「ええ。確かにこのダンジョンは、将棋によって魔族の侵入も拒んでいるように思います。けれども……人も同じです」
「ふむ」
「深層には、誰も解けない問題もあると聞きます。それでは、人自体もこのダンジョンを制御できないように感じます。大昔は、もっとみんな将棋が強かったなら別ですが……」
「それはまだ研究課題じゃ。だからこそ将棋の力が必要なんじゃ。魔族を倒すか、魔族よりも先に進んで待ち構えねばならん。お主ら、棋士には期待しておる」
キクノスの杖が、俺の肩を叩いた。
期待されても、と思う。自分より強い人間はたくさんいる。ただ、その一人は草原で倒れていた。
今背中にいる少年は、まだまだ弱い。けれども魔族の血を引く彼は、教えてもいない盤術を使いこなした。最後の鍵をこじ開けるのは、こいつみたいな存在なのかもしれない。その時、どちら側に立っているかはわからないけれど。
「でもよ、そもそも魔族の王はどうやって深いところまで行ったのかね。大昔、魔族は将棋が得意だったのか?」
ステノは、斜め上を見ながら尋ねる。自分なりに考えているのだろう。
「それもわからん。得意な魔族がいたのか、協力者がいたのか、当時はダンジョン自体が別の構造だったのか」
一行は、山小屋から少し進んだ場所にいた。俺にとっては全く未知の地区である。
「どこまで行くんだ」
「あの扉の先じゃ。お主、開けてくれ」
キクノスが指さした先には、ギミック付きの扉があった。どこかで見たことのある感じだ。
「わかりました。ステノ、ちょっと頼む」
コキノレミスを預けて、扉に近づき問題を出現させる。次の一手だ。ここで間違うと、みんなを待たせることになるので妙に緊張する。
「うーん」
簡単ではない。が、意図はわかった。何回も脳内で確認する。
「よし」
手順を入力する。
ピコーン
「さすがじゃ」
「緊張しました」
「さて、入ろうかの」
中は、石壁の四角い部屋だった。足を踏み入れると、空気感が変わった。少し澄んでいて、潤っている。
そうか、この部屋は『純水の部屋』と似ている。
「ということは、奥には……えっ」
「なんだありゃ」
壁に水が流れているところまでは一緒だったが……
「赤……いや、橙?」
「うむ、ここは『人参ジュースの部屋』じゃ」
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