27話

「まあ、待つしかないね」

 山小屋の親父は、お茶を飲みながら首を振った。浅黒い肌に白くなった髭、太い腕。実際には地下なのだけれど、まさに山の男といった風貌である。

「そうはいふけどねへ」

 ステノは干し肉をかじっている。山小屋は宿泊施設なので、それなりに食料が備蓄されている。とはいえ、限界というものがある。

「お客さんのことはとりあえず報告しておいたよ。特別許可が下りれば、帰還できるかもしれない」

「そもそもなんで、事務局にわかったのかねえ」

「魔族には気づいていないかもしれない。そこは気づいても隠しておくだろうから、謎のままだけど」

 一気に階層を越えるには、魔法を使う必要がある。ただ、そのためだけに魔法使いを仲間にするのは効率が悪いため、多くの冒険者は帰還魔法専門業者を必要な時に派遣してもらうことになる。今はそれもできないので、こっそり魔法で帰っちゃう、というのも難しい。

「あ、人が集まってきたな」

 玄関の方が騒がしい。近くにいた冒険者や行商人たちが、集まってきたようだ。地上に帰れないので、山小屋が一番安全ということになる。

「薬もあるかもしれない。聞いてきてあげよう」

「ありがとうございます」

 山小屋の親父は優しいし、動じていない。これぐらいのことは何回も乗り越えてきたのだろう。

「ん、なんか知らせが。あっ」

「どうした」

「ステノ、クエストの申請取り下げてなかっただろ」

「は? あ、そういえば」

 ステノは最初、振り飛車の指導というクエストを山小屋から発注していた。そのため、冒険者カードに「お気に入りにしたクエストを受注できます」という表示がされたのだ。

「これ、受けたことにしちゃおうかね」

「結局誰も来なかったのか。ひどい話だ」

「あの書き方じゃあねぇブフォッ」

 しばらくなかったので忘れてた。殴られた。

「だが、これは使えるかもしれない」

「いたたた……何?」

「クエストだよ。ダンジョンが閉鎖されてもクエスト依頼は生きている。

「そうか。まあ、ダンジョンに残されている人間になら何か頼めるかもしれないけど。何を頼むのよ」

「もちろん協力だ。あの魔族野郎をぶちのめす」

「は?」

「あんたは違うのか? 悔しくないのか? あたしは、勝ちたい」

「いや、無理でしょ。だいたい何のメリットが……」

「勝てないままは悔しいだろ!」

 相手は魔族だ、無茶苦茶だ、そう思った。思ったけれど。

 俺は、思い出していた。数日前、将棋で負けた時のことを。負けるのは嫌だし、負けに慣れている自分をごまかすのはもっといやである。

「とはいえ今すべきは戦うことじゃない」

「その通り」

 部屋の中に、一人の老人が入ってきた。背は低く、手には立派な杖を持っている。

「あの、どちらさんで?」

「事務局の者じゃ。魔法使いでもある」

「えっ、何でこんなところに。帰りそびれたとかでもないでしょう」

 老人は、俺らの向かい側に腰を下ろした。

「もちろん、そんなへまはせん。というか、だからこそここに来て、こうしておる」

「話がいまいち……」

「わしらもあの部屋を監視しておった、といえばわかるかの?」

「……!」

 ステノが、身を乗り出す。

「つまり、報告せずとも魔族の存在を感知した。だから封鎖したということか」

「その通り。そして、お主らを地上に送り届けねばならん」

「どういうことですか」

 老人は、目を見開いた。

「魔族の狙いは、王の復活じゃ。そのために必要なのは魔族の力と……将棋の力じゃ」

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