26話
二歩突っぱり。駒落ち定跡だ。
小さな小さな兵たちが、サラマンダーの足の下を駆け抜けてくる。俺の横もあっという間に通り過ぎ、二体の歩兵が、マーマンに向かってジャンプした。マーマンが、水の球を投げつける。避けることはできず、二体の歩兵は、二枚の歩になった。しかしその後ろから銀兵が現れ、マーマンの顔に体当たりした。面食らったマーマンは、水がめの中にもぐりこんだ。そのすきに、後続の兵たちがカルディヤに向かう
魔族の男は、右手を挙げて何かを唱えかけた。しかしその時には、兵たちが目の前までたどり着いていた。
「うわぁぁぁぁっ」
とにかく駒を推し進めようという、熱意の感じられる声だった。
戦術も何もあったものではない、兵たちがとにかく正面から突っ込んでいった。しかし敵の動きを止めるにはそれで十分だった。
「よくやった、コキノレミス!」
兵たちを振り払っているカルディヤに向かって、俺の剣が振り下ろされる。やはり、直接戦闘は慣れていないのだろう、避けようとしたものの身のこなしがじたばたしている。剣が左の翼を叩いた。
「あがっ!」
続けて、腰を叩く。カルディヤの動きが止まった。
「最後だ!」
脳天を狙う。だが。
「切断です!」
魔法陣から、白い光が立ち上がった。目の前全てが白くなり、カルディヤの姿が消え……そして、全てが見えなくなった。
「まだ目が覚めないか」
「ああ。呪いではないらしいけど……」
二人で、眠ったままの少年を見下ろす。
俺らは今、山小屋にいる。あの後気が付くと草原で、カルディヤやモンスターの姿は消えていた。そして、コキノレミスが意識を失っていた。彼を背負って、何とかここまでやってきた。
「そしてこれだ。全く分からん」
ステノは手のひらの中で、丸い駒を弄んでいた。両面に、三桁の数字が刻まれている。
おそらくは、将棋の駒なのだ。しかし見たことがないタイプ過ぎて、どれがどの駒かもわからない。一応最も数が多いのが歩、二枚組が飛車か角、わずかに数字が違う、一枚ずつのものがのが王と玉、というところまでは推測ができるのだけれど。
コキノレミスがいきなり盤術を使えたことも驚いたが、そもそも彼には駒を与えていなかったのだ。だから、盤術を発動できるはずがなかった。しかし彼は、自前の駒を持っていた。しかもこの、謎の駒を。
魔族。それが何なのか、このダンジョンとどう関わっているのかはよくわからない。ただ、この少年が普通ならざるものであり、魔族と関係あるであろうことは疑いようがない。
「どうする気だ」
「え、何を」
「指導だよ。こいつが目覚めても、続けるのか」
「ああ、そうねえ……」
コキノレミスはどんどん強くなっている。指導者としてそれはうれしい。しかし、彼が力を付けるということは、魔族が力を付けるということになるかもしれないのだ。今のところ、カルディヤに協力する気はないと思う。けれども、カルディヤに操られる危険性はある。
「あと、報告をどうするかだ」
「どうするって、ありのままじゃダメなのかな」
「あんたがそう考えているなら、任せるが……最悪、封鎖されるぞ」
「あっ」
ダンジョンにはモンスターが多数おり、これは危険な存在である。しかしほとんどのモンスターは、ダンジョンを出ない。外の世界に、興味がないのだ。モンスターがいるとわかっている冒険者のみが、ダンジョンに立ち入る。人とモンスターの関係は、ある程度意図的である。
しかし、魔族が出たとなれば話が変わる。ダンジョンへの立ち入りも規制されるだろうし、ダンジョンから魔族が出てくるのを食い止めようとするだろう。そうなれば、現在ダンジョンにいる冒険者は外に出ることができない。
「フリソス先生、五手先ぐらい読めないもんですか?」
「あとで報告を怠ったとわかればそれも困ったことになる」
「それもそうだが」
大変なことに巻き込まれてしまった。いったいどうすればいいのだ。
「お客さんお客さん!」
部屋の扉が、勢い良く開けられた。山小屋の親父が駆け込んできた。
「どうしたんですか」
「ダンジョンが、封鎖されちまったよ!」
どうやら、後手に回ってしまったらしい。
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